ミュージアム

選ばれし日本画の美術館~小林美術館(1)

松林桂月「早春花鳥」(小林美術館)

 

路面電車に揺られて阪堺線の終点の浜寺駅前電停にやってきました。電車を降りると左手の通りの行き当たりに南海本線の浜寺公園駅……明治の名建築家辰野金吾設計による木造の旧駅舎の姿が見えます。右手の海側には浜寺公園の名高い松林が広がり目にも鮮やかです。

この日(4月4日)の取材先は、浜寺公園に沿うようにして南へ進んだ先、市境を越えて高石市に入ってすぐの場所にありました。それは小林美術館。すっきりした外観の3階建ての建物です。

 

 

■季節展「四季の万華鏡―花と生命を描くー」

 

▲小林美術館。

 

小林美術館は、私設の日本画の美術館なのです。いくつかのこだわりがあって、あることでは規模の大きな美術館にも負けない日本で唯一の美術館になっています。それがどんなこだわりなのかは、展示をみていくうちに明らかにしていくこととしましょう。

 

美術館の1階にはギャラリーと喫茶店が併設され、羽衣ギャラリーと絵画喫茶羽衣珈琲と名付けられています。ギャラリーでは複製名画から現代作家の作品まで、小林美術館お薦めの作品を購入することができます。羽衣珈琲は、和洋のドリンクから軽食まで揃っている様子。観覧の前にコーヒーブレイクといきたいところですが、今日の目的は取材です。奥のカウンターで来訪をつげ、学芸員さんにご挨拶。

 

 

この日は、3階の特別展『愛おしき日本画の人々』の学芸員解説があり、それが目的でした。解説までにまだ時間が少しあったので、先に2階の展示室を覗いてみることにします。

こちらは常設展なのかと思ったら、「四季の万華鏡―花と生命を描くー」と題されており、季節ごとに入れ替えがされている季節展でした。

L字型一部屋の展覧室を見渡した所、3月とあって春の花を画題に選んでいる様子。

 

まず目をひくのが、入り口すぐにある巨大な一枚。岩田壮平さんの作品「花の下」。一輪の椿と骸が画題です。画面を大きく埋めるのは、大地にうつ伏せに横たわる骸骨。それはほぼ白と金で描かれています。その中で鮮やかなのは、画面中央下、骸骨の手元にある地面に落ちた赤い椿の花です。砂に埋もれたように見える骸骨と、椿の対比が見事です。咲いた形のまま、花びらを散らすことなく落ちる椿は生を感じさせながらも死へと以降する存在。それを握りしめているようにも見える骸骨は、乾ききっているように見えるのに、まだ意志が残り死を迎えたばかりのようにも見えます。

 

▲2階「四季の万華鏡―花と生命を描くー」の展示。

 

日本画の表現の豊かさに驚かされるのは「花の下」だけではありませんでした。並ぶ作品は、個性も様々です。黒川雅子さんの作品、桜の花散る中の舞妓を描いた「春」は、ゴージャスな日本画・美人画。山口蓬春さんの作品、枝に止まる翡翠を描いた「緑翠」は洗練された構図と色使いから、あまりにもポップでプロダクトのために作られたデザイナーによイラストのようにも感じます。中津淳さんの「樹・大気」は巨大な作品。画面一杯の迫力満点の松の木は襖絵にもなりそうだし、幻想的な心象風景を描いているようにも見えます。

 

こうして共通する画題で、違う作家の作品を並べることによって、日本画と一言で言っても、その世界は幅広く懐の深いものだということを観る人に訴えかけているようです。

 

最後に一人の作家を取り上げた特設コーナーがありました。作家の名は松林桂月さん。明治から昭和を生きた日本画家で「最後の文人画家」とも評されています。

さて、この松林桂月と先の山口蓬春には共通する点があります。それは2人ともが日本画での文化勲章受章者だということです。小林美術館のこだわりとは、ただ日本画を集めているだけでなく、文化勲章受章者の日本画を中心にコレクションしていることなのです。

 

 

■学芸員解説で知る「愛おしき日本画の人びと」

 

文化勲章とは、「科学技術、学問、芸術など、日本の文化の発展や向上にめざましい功績のある者に授与される日本の勲章です」(小林美術館websiteより)。昭和12年に始まり、これまで(平成30年11月段階)までに合計407人が受賞。日本画家としての受賞者は39名になり、その中には横山大観や東山魁夷、平山郁夫など、アートファンでなくとも名前の知られた存在もいます。万人が認めるというと……異論はあると思うので言い過ぎかもしれませんが、日本画の世界では多くの人が認める選り抜かれた39名です。小林美術館は、日本画の文化勲章受章者39名、全員の作品が所蔵されている日本で唯一の美術館なのです。

 

 

▲学芸員の福岡この実さん(左端)の解説で、「初午」を鑑賞。

 

そろそろ学芸員解説の時間が迫ってきました。2階から3階へ向かいます。

3月10日に始まった春季特別展は「愛おしき日本画の人びと」。

時間になり、学芸員の福岡この実さんがマスクをつけて登場しました。これは新型コロナウイルスの感染対策で、解説を聞こうと集まった参加者もマスク着用をし、一定の距離を保つことなどが対策として講じられていました。少し距離をとって参加者は、福岡さんの周囲に集まります。

福岡「小林美術館は2016年にオープンいたしました。展示作品はガラスケースに入っておらず、直接作品をご覧いただけます。また、文化勲章受章者と文化功労賞受賞者の作品を集めているという、他にない美術館です」

そういえば貴重な作品ともなると、せっかく美術館に行ってもガラス越しでの対面ということも少なくありません。直に自分の目で自然な状態の作品を鑑賞できるというのは、鑑賞者としては何よりも嬉しいことかもしれませんね。

 

福岡さんの紹介する一枚目は、生田花朝女(いくたかちょうじょ)さんの「初午」。

生田さんは明治から昭和にかけての大阪出身の女流画家。初午(はつうま)とは、元々は2月に入って最初の午の日に行われるお稲荷様のお祭りのことです。生田さんは、わらで出来た馬を手にはしゃぐ子供たちの様子を描き、大阪の初午を活き活きと描写しています。

福岡「今にも子供たちの大阪弁が聞こえてきそうな絵です」

福岡さんによると、今でもお祭りではお稚児さんが選ばれるように、昔の人は小さな子供には霊力があると信じていたのだそうです。

 

2枚目はがらりと変って三輪良平さんの「二人舞妓」。三輪さんは、舞妓などの女性美を題材に描く作家だそうです。

福岡「三輪良平は、舞妓を描く時には、ただ描くだけでなく、モデルとよく話しをするそうです。モデルとなる舞妓の人となりまで知って描くためです」

普通なら着物の美しさを描くために全身を描くことが多い舞妓ですが、この「二人舞妓」はバストアップで描かれています。三輪さんは、この2人のあどけなさの残る顔や表情を描きたいと思ったのかもしれませんね。

 

▲橋本関雪「寿星図 」(小林美術館)

 

福岡さんの解説は短くとも、画家や書かれた当時の時代背景にも言及したもので、キャプションには載っていないような情報が詰まっていました。聞くと聞かないでは、絵を見る時の印象も変ってきます。

やはり学芸員解説はお得ですね。学芸員解説ははじまったばかりですが、続きは中篇でお届けします。

 

小林美術館
住所:大阪府高石市羽衣2丁目2−30
電話:072-262-2600
web:https://www.kobayashi-bijutsu.com/
開館時間:10:00 〜 17:00( 入館受付は16:30まで)
休館日:月曜日 (祝休日の場合は開館し、翌日休館)※展示替えによる臨時休館あり

 

 

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