堺市は全国に先駆けて平成29年度に、おそらく基礎自治体としてははじめて「子ども食堂ネットワーク」を設立して運営をスタートさせました。その成果は著しいもので、1年を待たずして平成29年12月までに25団体、翌30年1月末にはさらい2団体と、子ども食堂運営団体が増加しています。このペースなら堺市内にある94小学校区すべてに子ども食堂が出来るのも非現実的な話ではなくなってきました。
ところで、子どもの貧困対策のためのものとみられがちな子ども食堂ですが、その機能は決して貧困対策だけではなくもっと幅の広いものでもあります。しかしそれを裏返せば、子ども食堂が出来たことでその地域の貧困対策が万全になることは決してないということでもあります。
では、堺市の行政は、子どもの貧困の現状についてどう捉えているのか、前回に引き続き子ども食堂ネットワークの立ち上げた子ども企画課の小嶋昭信主幹に、貧困対策について基本的なところから話をお聞きしました。
■貧困の連鎖から脱するために
子どもの7人に1人が貧困といわれている私たちの社会で具体的な子どもの貧困対策や課題はどのようなものなのでしょうか。
「最低限の生活保障としてのベースは生活保護制度になります。しかし、見た目ではわかりにくい相対的貧困の問題があります。ぱっと見で、普通に見ていたら、その子どもがどういう問題を抱えているかわからない。その中でいかに関係を築いて、目に見えないしんどさを気づいてあげられるかが課題です。もう一つ、相対的貧困の大きな問題は、貧困が連鎖することです。相対的貧困の家庭では、一般家庭と比べて旅行や文化体験などをしていない。学力面でも勉強する習慣がないまま。そして、その子どもが大人になったとき、経済的にもしんどい状況が続いて、貧困が連鎖する。だから多様な経験や学習習慣の意識づけをすることも、子どもを守るためには大事です」
▲堺市は昭和55年に人権擁護都市宣言を行っている。
では貧困の連鎖を断ち切るためにも必要な子どもの経験や学力面に対して、堺市では何か対策はされているのでしょうか。
「教育委員会では学校教育での学力向上の取り組みに加えて『堺マイスタディ』という取り組みがなされています。小学生や中学生に向けて、放課後や長期休業中に元教員や大学生などによる指導スタッフが学校の授業以外で学習支援を行っています。ただ勉強する場を提供するだけでなく、勉強する動機づけも必要です。子どもたちが自分の将来に悲観的にならずに学習への意欲をどう作っていくのか、そこも重要です。子ども食堂は、親とか学校の先生以外の大人と触れる場、いろんなロールモデルと出会う場、こんな生き方があるのだということを知り、自分の将来を考える場にもなっていると思います」
子ども食堂は、子どもが貧困のスパイラルから抜け出すための、長期的な貧困対策の一翼を担う場として機能するということがいえそうです。
■子どもの避難する場所として
もうひとつ貧困の問題と関連して気になるのは、子どもに対する育児放棄や暴力の問題です。貧困家庭に対して生活保護があるとして、ではその家庭からも外れてしまった子どもに対する支援はどうなっているのでしょうか。
「組織的なしえんとしては、生活保護制度の他にも児童手当やひとり親家庭を対象とした児童扶養手当などがあります。いずれも子どもへの直接的な手当ではなく家庭への支援です」
では、家族が問題となっている場合はどうすればいいのでしょうか?
「子どもが虐待を受けているともなれば、それは児童相談所の出番です。子どもはできるだけ親と一緒に育つのがベストですが、危ない場合は親から子どもを引き離す必要がでてきます。児童相談所は、それができる強い権限をもった専門機関です」
この強い権限をもった児童相談所を政令指定都市は独自に持つことができます。堺市では政令指定都市へ移行した平成18年に児童相談所を開設しました。
「政令指定都市でなかった頃は、大阪府の児童相談所が対応していました。そうすると何かあった時に基礎自治体から府へと一段階距離がありました。堺市は児童相談所を独自に持つことで今までより迅速に対応できるようになりました。また他にもあるさまざまなサポート機関、窓口と協力しながら対応しています」
堺市には、各区役所の子育て支援課があり、非行・不登校・ひきもりであれば「堺市ユースサポートセンター」、DVであれば「堺市配偶者暴力相談支援センター」といった具合に様々な窓口が設置されているのだそうです。
しかし、このように子どもに対するセイフティ―ネットが何重にも張られていても、それで零れ落ちる子どもはいます。それどころか、近年児童虐待の件数が増えているというデータもあります。これはどういうことなのでしょうか。
「児童虐待の件数が増えたのは、虐待が増えたというよりは、虐待に対する周囲の関心が上がって通告が増えたという面があります。一方で、どうしても通報に関しては躊躇される方が多いですが、遠慮なく通報していただきたい。地域の複数の目があることが大切だと思います」
相対的貧困と同様、虐待もまた外から見つかりづらいものです。そんな中で子ども食堂は、「地域の複数の目」としても機能するようです。
「子ども食堂は子どもと地域の大人とつながる場です。長く続けることによって、家族、学校の先生に次ぐ第3の大人とつながる場になります。子ども食堂の多くは月に1回とか2回しか開催されないのですが、開催されていない時にも子どもと大人がまちで声を掛け合う関係になるという話も聞きます。子ども食堂はこどもSOSのつなぎ先になっているのです」
行政や民間が設置した相談窓口に対して、子ども自らが接触することは簡単ではないでしょう。子ども食堂には、多重のセイフティ―ネットからすり抜けてしまう子どもたちを拾い上げる役割を果たす大きな可能性を持っているといえそうです。
■自治体として関わることの難しさと可能性
これまで見てきた通り、子ども食堂が地域で果す役割は多様です。子どもたちに直接支援を届けることが出来る機能、長期的に子どもを貧困のスパイラルから抜け出させるきっかけ、子どものSOSを察知する地域の目、子どもたちを支援することを通じて地域の関係性を強化する場……。
良いことずくめで、もっともっと堺市でも全国でも子ども食堂が広がっていってほしいように思えます。
▲子ども食堂の灯りは、街中の灯台のようにも見える。西区の「ともちゃんのこども食堂」。
実際、これまで見てきた通り、堺市では子ども食堂ネットワークの支援を受けて、子ども食堂が増加しています。この動きは他の自治体にも注目されており、今後は他の自治体でもネットワークが広がっていく可能性があるようです。
「お隣の大阪市からは、区役所からの問い合わせがありました。お隣の兵庫県だと今度中核市になる明石市も市長が福祉に力を入れており、中核市になると設置できる保健所だけでなく、児童相談所も設置し、専門機関につなぐ場として子ども食堂にも注目されているようです」
しかし、子ども食堂に関わることは行政としては難しい面もあるのだそうです。
「子ども食堂は認可も届け出もいらず誰でもはじめることが出来るものです。自由な反面活動内容も多様です。自治体に対して国から国庫補助もつきません。子ども食堂は、今日明日に具体的な効果が出るものではなく、居場所作りをして長期的に子どもを見守る場ですから、短期的な事業効果を説明しづらい所があります」
リスクもあり、成果が目に見える形では出てこない子ども食堂のような事業を始めることは容易ではありません。堺市や明石市の例をみても、これは市長というトップの決断が福祉政策を一歩進めた事例といえるように思います。
それでは一歩先に進んでいる堺市としては、今後どのような取り組みを行っていくのでしょうか。
「今は損害賠償保険の加入を検討しています。事故が起きないように活動の質を高めることはとうぜんですが、万が一の事故に備えた安全安心の基盤を整える必要があると考えています。幸いこれまでに事故の報告は1件もありませんが、子どもと実施者を守るためにも、ネットワークとして保険に加入したいと思います。竹山市長は、堺市は『おせっかいなまち』になっていこうという方針をしめしています。おせっかいを堂々と出来る場を広げていきたいですね」
子ども食堂は、見えにくい子どもの貧困を可視化し、大人のおせっかいをつなげることが出来る場です。「子ども食堂ネットワーク」を設立し、子ども食堂を支援する堺市の方針はもっと進めて欲しいものだと感じましたし、子ども食堂では掬いきれない子どもの貧困問題対策もさらに力をいれてもらえないだろうかと思うのです。そもそも子どもの貧困問題は、明白に子どもの責任ではなく大人の責任なのだから、私たち大人は積極的におせっかいをしていかねばならないでしょう。
どうやら、「子ども食堂」を理解するためには、「子ども食堂」のことも「子ども食堂」の周辺の諸問題のことももっと知らねばならないようです。さらに取材を続けていくこととしましょう。
堺市 子ども青少年局 子ども青少年育成部 子ども企画課
堺市堺区南瓦町3番1号 堺市役所高層館8階
TEL:072-228-7104 FAX:072-228-7106
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