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秘密のばら園(1)

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5月の陽の光を受けて、バラの花びらは一層鮮やかに輝いてました。
ここは「浜寺公園ばら庭園」。堺市民にはちんちん電車の終着駅名として馴染みのある浜寺公園にあり、毎年5月~6月のシーズンにローズカーニバルが開催され人気を博しています。
しかし、この「浜寺公園ばら庭園」が他にない特徴がある唯一無二のバラ園であることをご存じでしょうか?
今回は美しいバラとともに、「浜寺公園ばら庭園」の知られていない意外な秘密のあれこれを紹介いたします。
■バラは特別な花
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▲「浜寺公園ばら庭園」の二代目の責任者になる辻正信さん(向かって右)と、浜寺公園管理事務所の汐見恵理佳さん。
秘密を教えてくれたのは「浜寺公園ばら庭園」のバラたちを育てる植物管理者辻正信さんです。
まずはその歴史。「浜寺公園ばら庭園」が開園して四半世紀になります。遡ると、そのきっかけは大阪府の公園事業でした。
「昭和60年に花ふる大阪事業があり、久宝寺など大阪府の主要公園に目玉となる施設を作ることになりました。当時、岸和田の蜻蛉池公園で岸和田市の市花であるバラの施設を作る計画があり、そのノウハウを蓄積するための小規模な施設が浜寺公園にあったのです。浜寺公園は目玉施設としてこの施設を拡張してバラ園にすることになりました」
浜寺公園ばら庭園の工事が始まったのは昭和63年10月。翌平成元年7月に竣工し、平成3年に開園します。
「大阪には全国でも一番古い靭公園のバラ園があり、中之島にもバラが植えられていて大阪府民はバラ園に馴染みがあります。そんな中で他との違いを出すために、浜寺公園は西洋風の一般的なバラ園ではなく、自然回遊型の和風庭園として設計されました」
こうして「浜寺公園ばら庭園」は南側に広がる日本庭園がまず開園します。この自然回遊型和風庭園というスタイルは、他とは違う「浜寺公園ばら庭園」の一つ目の特徴です。
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▲5つのテーマごとのエリアがある和風の日本庭園。後にお客様からの要望に応える形で、日本庭園の北に西洋風庭園のゾーン「まちの景」やエントランスの中央花壇も整備されます。
平成18年には大阪で「世界バラ会議大阪大会」は開催されました。そして、2016年「世界バラ会議」の一つ「世界ヘリテージローズ会議」が北京で開催され、会議参加者のツアーに「浜寺公園ばら庭園」も組み込まれます。
ヘリテージローズとは聞きなれない名称ですが、「浜寺公園ばら庭園」の二つ目の特徴はこのヘリテージローズに関わることです。
「ヘリテージローズとは、各国に由来する園芸種と固有種の野生種のことです」
ヘリテージ、すなわち「遺産」とすべき特別な由来を持ったバラがヘリテージローズです。世界ヘリテージローズ会議の参加者が、わざわざ海を越えて堺にまでやってくる。実はそれだけの価値が「浜寺公園ばら庭園」にはあるのです。
「浜寺公園ばら庭園では、日本に自生しているバラを見ることができます。テーマのひとつとして野生種をメインで扱い、学術的な保存をしているバラ園は日本では他にありません。固有種の保存をしている植物園としては東京には神代植物公園がありますが、神代植物公園で扱っているのは園芸品種になります」
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▲日本のブリーダー鈴木省三さんの作った園芸種「花笠」。浜寺公園ばら庭園で保存している。
「浜寺公園ばら庭園」を少し歩くと、様々なバラがあることに驚かされます。木に咲くバラ、繁みに咲くバラ、蔓に咲くバラ。花の色や形も様々です。多くは人間の手によって生まれた園芸種のバラですが、こんな多様なバラの起源を辿っていくといくつかの野生種に行きつきます。
庭園を歩くだけでバラの起源を辿ることが出来るのも、野生種をメインで扱う「浜寺公園ばら庭園」だからこそ。これが「浜寺公園ばら庭園」の二つ目の特徴です。
■バラはどこから来たのか?
辻さんには、バラの起源についてもレクチャーしていただきました。
「約160種類あるとされるバラの原種・野生種のうちそのおよそ半分がヒマラヤ山脈の東側にあるとされています。ヨーロッパへは、11世紀以降の十字軍の遠征で中東地域からバラが渡りましたが、この頃は見て楽しむための花ではなく香料としてです。17世紀頃から観賞用のバラが栽培されるようになり、17世紀末に中国からそれまでなかったようなバラがもたれされました。ヨーロッパに渡ったのは、17世紀末に中国からイギリスの東インド会社を通じてです。当時のヨーロッパのバラはピンクと白のバラしかなかったのですが、中国には紅色の色素を持ったバラや60日周期でひんぱんに咲くバラがあったんです」
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▲中国の野生種「ロサ・ギガンティア」。「ギガンティス(巨大な)」の名が示すようにバラの中でも最も大きくなる種。つる性。
大航海時代から帝国主義の時代をけん引したイギリスの東インド会社によって持ち込まれたバラが、イギリスで観賞用のバラとして大きく発展したのです。一方、日本にバラが伝わったのも随分昔のことでした。
「日本でのバラの歴史も古く、11世紀初頭に中国から日本へ伝わりました。源氏物語の中に貴族の庭にバラがあったと記されています。当時の貴族の女性が来た十二単では、いくつかの色を重ね着して重色を作りますが、朱色と紫色を重ねた色を薔薇(そうび)と呼ぶほど、バラ(薔薇)は色彩のレベルでも日常に取り入れられていたんです」
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▲園芸種のもとになった日本固有の野生種ノイバラ。
現在の園芸種の元になっているのは8種類ほどの野生種ですが、そのうち2種類が日本の野生種です。
「園芸種の元になった2種類の日本産の野生種が、房咲き性(沢山の房になって咲く)をもたらしたノイバラと、つる性をもたらしたテリハノイバラです。これらは幕末に日本に訪れたシーボルトやツュンベリーらによってヨーロッパにもたらされました。当時、1800年代は品種改良の盛んな時代でバラの改良は大いに進んだのです」
「浜寺公園ばら庭園」には、野生種に加えてノイバラやテリハノイバラ、ハマナス、園芸種のコレクションも充実しています。
■バラはどこへ行くのか?
バラの未来についても目を向けてみましょう。現代ではブリーダーごとに特定のバラ園があり、そこで新しいバラは作り続けられています。
「バラの品種改良は地道な作業です。めしべに他の品種の花粉を受粉させて、何千という種をとって栽培し、そのうち10ほどを残して育てます。世界中のブリーダーが年間20万~40万ぐらいの種をまいて、品種として世に出るのはわずか10種程です。その中でもスタンダードとして定着していくような品種は、1人のブリーダーが5年~10年かけて1品種程度です」
こうして生まれたバラの品種の数は膨大なものとなっています。
「アメリカばら会が『モダンローゼス』というデータベースを管理しており、これが正式な品種のデータベースとなっています。『モダンローゼス』が最後に本で出版された時で3万数千種でした。現在は電子媒体になっていますが、ここに24時間絶えず新しい品種が登録されて増え続けるため、正確な数はわかりませんので数万種類になるとしておきましょう」
科学が進んだ現代でも地道な品種改良を続けているバラの世界ですが、これは遺伝子操作が禁じ手とされているからです。
「数年前に青いバラが生まれたというのがニュースになりましたが、これはサントリーが青い資質を人工的に組み込んで生み出したバラですので屋外で展示栽培することができません」
万が一、人工的に生み出した遺伝子が他のバラに影響を与えないように厳密に管理せねばならないのです。

 

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▲バラを一株ずつアルミプレートで管理しています。
こうして生まれた園芸種は種苗法という法律によって30年間は権利が保有され、権利者の了承なしには勝手に増殖させることができません。
「ですので、ばら庭園ではお客様から『バラをわけて』と頼まれても差し上げることはできません。群生しているもの以外は、バラ一株ずつにアルミプレートをつけて厳密に管理しています。鳥が種を食べてフンをして増えることもあるので、勝手に生えてきたものも引き抜いています」
品種の遺伝子をこうして厳密に管理している「浜寺公園ばら庭園」には、学術的な意味でも重要な役割が担わされています。それは絶滅危惧種の保全です。
この「絶滅危惧種の保全」こそが、「浜寺公園ばら庭園」の三つ目の、そして他の施設とは一線を画す特徴なのです。
浜寺公園ばら庭園
お問い合わせ:浜寺公園管理事務所
住所:堺市西区浜寺公園町
TEL:072-261-0936

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