堺かるた大会2015

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冬の体育館に子供達の声が響きます。
この日、堺区の熊野小学校に堺の小学生が集まり、「堺かるた」大会が行なわれていました。子ども会と堺フェニックスロータリークラブが共同で運営する大会は、今年2015年で三回目。予定していなかった飛び入り参加も含めて、100名を越す児童たちが37組に分かれて真剣勝負を繰り広げる大会となりました。

 

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▲熊野小学校の体育館に100人を超える児童が集まりました。 ▲竹山修身市長も挨拶を「かるたを契機に堺の歴史に興味を持って欲しい。子どものころから、堺の歴史をかるたで学ぶことがシビックプライドにつながっていくと思います」

 

■かるたに夢中
今回の大会は団体戦。三人一組で戦います。
対戦する両チームが左右に分かれ、チームの中央にはリーダーが座ります。リーダーは試合開始前にじゃんけんをし、勝った方が絵札を切って、半分の22枚ずつに分けます。
半分の22枚ずつを受け取ったチームは、5分間の時間で目前に二列に配置して、記憶します。
「よろしくお願いします!」
元気よく挨拶して、競技開始。まずは空札として「せ」を詠みあげられます。
「世界一 広い大きな 大仙陵」
次からが本番。詠み札ははたして!?
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▲チームに渡された22枚をいかに並べるかが、勝敗に大きな影響を与えます。
大会の勝ち抜き方式について確認しましょう。
参加した37組は8ブロックに分かれており、ブロック内で2回戦を行います。各ブロックで一番勝ったチームが勝ち抜けで8組による決勝トーナメントに進むのです。
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▲お手付きは一枚ペナルティ。真剣に狙わねば!

 

さっそく1回戦から熱戦の模様。
「落ち着いて、落ち着いて!」
左右のチームメイトにそう声をかけるリーダーもいます。
そして、最後の二枚になったところで、リーダー同士の対決。勝った方が二枚取るという重大な一戦です。
「やった!」
勝ったリーダーの喜びの声やガッツポーズで試合終了。取り札を数え勝敗を確認します。取り札一枚につき一点ですが、「せ」の札は三点になります。同点の場合は、やく札である(「せ」、「と」、「な」、「は」、「わ」)が多い方が勝ち。
よく考えられた凝ったルールで、勝ち抜くためには戦略が必要な、なかなか知的なゲームだと驚かされます。

 

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▲何枚取れたでしょうか!?

 

この「堺かるた」がどのように誕生したのか。その話をよく知る方が、この大会には姿を見せていました。
児童文化誌「はとぶえ」の審査を長年つとめた南先生です。
■堺風土記がかるたに
堺には「はとぶえ」という雑誌があります。かつて堺で子供時代を過ごした30~40代の人なら懐かしく思い出すことでしょう。
「詩集や文集なら数多くありますが、『はとぶえ』は児童文化誌という稀有の存在なんです」
40代の頃から17年間、南先生は「はとぶえ」の審査を担当していました。「はとぶえ」には、子供達の作った詩や書道作品などが選ばれて掲載され、堺の多くの小学校の児童たちがそれを目にすることになります。文化系が得意な子供たちにとって、「はとぶえ」に作品が掲載されることは、一種のステイタスなのでした。堺かるたは「はとぶえ」から生まれた企画かるたでした。

 

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▲体育館の片隅で子供たちの様子を見守る南先生。

 

「『はとぶえ』は文化誌だからと、7~8割が子供達の作品で、残りは大人の作品です。その中に、堺の歴史を良く知ってもらおうと、堺の風土記を連載していたのですが、なかなか読まれない。ならば、これはかるたにしようということになったんです」
堺かるたは、昭和51年に国語の先生だった別所やそじさんによって作られたと知られています。南先生自身は、まだ「はとぶえ」には関わっていなかった頃のことで、文献などから実際にどのようにして「堺かるた」が作られたのか詳しく調べたそうです。
「かるたの文言は広く市民から集めたそうです。その文言を関係のあるお寺や神社などにも電話して『これでいいか?』と確認されたそうです。絵も、絵画の先生や美術の先生に頼まれたとか」
堺市民が力を合わせて「堺かるた」を作っていった様子が伺えます。
「『堺かるた』を家で子ども達が遊んで唱え、お母さんがそれを耳にして自然に覚えていく。そんな形で堺の歴史を学んでほしいというのが理想でした」
堺市民に郷土愛を育み、堺の外の方にも堺のことを知ってほしい。そんな想いが「堺かるた」には詰まっていました。
一時期は学校の授業でも盛んに取り入れられ、今でも諳(そら)んじることができる堺市民が多い「堺かるた」ですが、次第に下火になっていったのにも理由がありました。
「札をなくすんですね。学校で使っていると、札が散逸しがちです。しだいにこのセットが使えなくなり、あのセットが使えなくなりと、遊べなくなっていったんです」
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▲審判など運営には、子供会とロータリークラブのメンバーがあたっていました。

 

この「堺かるた」を復刻するのには、長い時間をまたねばなりませんでした。2013年2月16日。「堺北西南西ロータリークラブ」が最後の事業として「堺かるた」を復刻し、同じ熊野小学校で「堺かるた大会」が開催されました。
(※ 参考記事:「復活の堺かるた」http://toursakai.jp/zakki/2014/02/03_1391.html)
そして2年。運営のバトンは手渡され、「堺かるた」は浸透しつつあります。
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▲子供会とロータリークラブの両方に所属していた勝間さんが「堺かるた」の復刻に尽力しました。南先生と。

 

■決着の時!
体育館には、保護者の方も多く詰めかけていました。
子供時代は堺市外で育ち「堺かるた」を見るのははじめて、という方もいれば、
「子供の頃、私も『堺かるた』をやりました。今回はじめて大会があることを知ったんですが、前から知っていたら、早くやらせていたのに!」
なんて声も。親子二代で「堺かるた」を楽しむ。別所やそじ先生や、南先生が目指した形がここで叶おうとしているのではないでしょうか?

 

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▲チームリーダーを務めるパウジールさん(中央)お父さんは、ロータリークラブの支援で15年前にネパールから堺に留学してきたそうです。お父さん曰く「娘は堺生まれの堺育ち。前の大会では2位になって。今回は優勝を目指して練習していました」。
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▲親子二代で「堺かるた」を楽しみたい。
準決勝に残ったのは、市小学校の3チームと東深井チーム。
そして決勝は、市小学校と東深井の戦いとなりました。
保護者や戦いを終えた同級生が見守る中、決勝戦と三位決定戦が行われます。
勝負は熱戦。
市小学校チームがリードする中、最後の最後にリーダー同士の対決で、勝ち2枚の札を手に入れた東深井が逆転勝利というドラマティックな展開でした。
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▲全ての勝敗が決まった一瞬!!

 

大会の最後を締めくくったのは南先生の挨拶です。
「今日はとてもよい大会でした。まず皆さんの態度が良かった。札を詠む人に対する態度がとても良かった。そして札を取る時の気合・気迫がとても良かった。皆さんは今日のことを忘れてしまうかもしれないけれど、10年後、20年後、大きくなって記憶の引き出しから『堺かるた』のことが出てくるはずです」

 

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▲準優勝の市小学校チーム。「敗因は、『せ』を取られたこと。お手つきを一回したこと。最後のリーダー戦で負けたこと」「優勝はできなかったけど、2位になれて良かったです」「今はなにも言いたくありません」口惜しさを噛みしめながらも堂々としています。

 

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▲優勝した東深井チーム。「三つの勝因が一つでも欠けたら勝てませんでした」「逆転勝利で嬉しいです」「めっちゃ緊張しました」 逆転勝利で栄冠を掴みました。

 

盛況のうちに幕を下ろした「堺かるた大会」ですが、今後の進展にもよう注目です。4月にはカルタの会が発足し、堺フェニックスロータリーと協力して毎年「堺かるた大会」開催を目指すことが決定しました。
つーる・ど・堺でも、「大人のかるた大会」の開催を計画しています。子ども達ばかりに楽しませている場合じゃありませんよね!? 詳細が決まれば「かわら版」で発表しますので、お楽しみに!

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