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雑記帖 No.022

居酒屋 風天

風に誘われ、笑顔の集う店

【セボン・ド・堺】

母なる海から、私たちは生まれた。
海の名残は私たちの身体に今も残り、一般的な体格の人で200グラム前後、約コップ一杯分の塩が身体に溶け込んでいます。
塩は、私たちの細胞・脳を維持し、体に欠かすことのできない【体の素】になる最も重要な物質。一方で、塩分の摂りすぎが健康を害することはよく知られています。
多すぎても少なすぎてもいけない、この塩。出来れば、美味しく安全にお塩を摂りたいと思いませんか? そんなあなたに、こだわりの塩を使った料理と出会えるお店を紹介します。

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▲ 繁華街からはややはずれた場所にある『風天』。 ちょうちんとお揃いののれんの向こうから楽しげな雰囲気が漂います。

居酒屋『風天』は、料理人が予約してでも来るという評判の店です。さぞ、高級なお店なのかと思いきや、若いサラリーマンや学生さんでも通えそうな手頃な値段設定。はたしてそのヒミツは......。


●なんでも作る店でただ一つないメニュー
居酒屋『風天』の店主、阪本 晶さんはこともなげに言います。
「うちはね。だし巻きは置いてないんですわ」
その言葉に驚かざるをえません。『風天』は、かなりメニューの多い店です。
壁にかけられたオススメのお品書きも、カウンターの上の定番メニューもたっぷりで、数々の美味が舌の上でダンスを踊りそう。
「このカウンターの大きさで、これだけのメニューを出すとこは、あんまないんちゃいますかねぇ」
なのになぜ、居酒屋では定番の『だし巻き』がないのでしょうか?
「だし巻きはね、手が止められへんのですよ。手を止めたらふわっとあがらない」

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▲ (自称)トム・クルーズ似の阪本さん。お話上手で、お客さんがつい長居したくなるのもわかります。

『風天』は、現在はお手伝いしてくださる方がいるものの、もともと阪本さんが一人できりもりするお店でした。ですから、だし巻きを作っている時にお客さんがくると、おしぼりの一つもだせません。
「職人(料理人)さんが来られた時は、『ええからやってて、だし巻きやろ』と言ってもらえるんやけどね」
そんなわけで、『だし巻き』はメニューから外されたのです。
「今でも、頼まれたら作るんですけど、そんな時に限って(新しいお客さんが)来はるんですわ」
そう言って、阪本さんは、笑います。


阪本さんは、料理の作り置きをしません。必ず頼まれてから調理するので、ブリ大根などは、20~30分待ってもらうことになります。作り置きしない理由は、
「だって、おいしないでしょ」
と。
ただこれも例外があって、それがタンシチューです。
「こいつは下煮に、二日ほどかかるんですわ」
阪本さんは、下煮をしている鍋から大きな牛タンを取り出して、手早くスライスしはじめました。

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▲ 分厚いタンですが、「(休日の)昨日も出てきて煮てたんですけど、もとは倍ぐらいの大きさやったんですよ」


タンシチューは、お客さんのリクエストではじめたメニューです。
「"牛タンの陶板焼き"を出してたんで、『できるんちゃうん?』って。最初は細切れ肉でやったら、『美味しいけど、なんかちゃうわ』言われて、ほなブロック(肉)でやるしかないなー」となったそう。


『風天』には、こんな風にお客さんのリクエストで誕生したメニューが沢山あります。
「ステーキあるんやったら、ビフカツでサンドイッチ作ってよ。パンがない? なら、買うてくるわ」
なんてお客さんまで。
その結果、サンドイッチやパスタも作り、たこ焼きや一口お好み焼きなどの日常の一品まで取りそろえる、「和食を軽いノリでやっている」お店になったのです。

もちろん、本当に「軽いノリ」とは思えない様々な秘密が、阪本さんのカウンターには隠されています。
「もともと割烹いうんは、材料があればなんでも作るもんなんですわ」
割烹というと、私たちはつい高級料理というイメージを持ちますが、もともと『割』とは包丁で切ること、『烹』とは煮ることを意味します。
割烹とは料理の根本ではないか?
そう思わせたのは、阪本さんの味付け、特に塩に関するこだわりぶりでした。

「塩梅(あんばい)といいまっしゃろ。塩加減、酢加減......」
料理人の体調によって味覚は変化するものです。だから、塩加減は手で覚えます。
阪本さんも、「煮物の味を加減する時にさじを使うことはあるけど、塩だけは指先の感覚で入れるようにしている」とのこと。
「職人さんたちは、それが修行で体にたたき込まれているんですなぁ」
そう話しながらも、ほれぼれする手さばきで下準備をしている阪本さん。ですが、なんと阪本さんは実は職人としての修行をしたことはなかったのです。


●師匠はあの有名料理漫画!?
阪本さんが、お店をはじめたのは、20年ほど前のことでした。それまではまったく畑違いの不動産のお仕事をされていました。
「バブルがはじけたでしょ。それで、もうお金にむらがる虫ばっかりになってねぇ。こんなんになりたない。こんなん嫌やと思うて脱サラしたんですわ」
目に見えないお金がお金を生む、どこか実態のない世界だったのでしょう。
そんな世界に嫌気がさした阪本さんは、「もらう現金に見合うものをお出ししてお金をいただく生活」を選ぼうと思います。

「衣食住。人間が生きている限りはなくならへんやろ」
と、阪本さんが選んだのは、居酒屋でした。カウンターだけの10席ほどの店です。
しかし、当初は、
「客、来るな! とか思ったんですわ。いや、来てもらわな困るんですけどね」
開店してはみたものの、子供にクッキーや焼きそばを作るぐらいの経験しかなかったため、料理にまったく自信がありませんでした。お客さんが来ても、カウンターの下に見えないように家庭料理の本を置いて見ながら、「えーっと大さじ一杯か」などとやっているものですから、「とにかく作るのが遅かった」そうです。

それから20年。一度に一つのことしかできず、焼き魚を焼くにも四苦八苦していたのも遠い昔。
素人目にも、下準備をする阪本さんの動きは、流麗で無駄がありません。
そして、タンシチューの準備や作り置きをしない姿勢からも分かるように、阪本さんの仕事は丁寧なものです。料理に時間がかかるとしたら、それはその料理を一番美味しく食べるのに、本当に必要な時間だから、ということなのです。

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▲ 海南市の酒蔵が、「息の長いお酒になるように」と願いを込めて名付けた焼酎『42.195』。カクテルのベースに出来るほどのスッキリ感。堺で飲めるのは、『風天』だけ!

いつの間にか準備は終わり、コーヒーで一服しながら阪本さんは驚くことを言います。
「僕の師匠は、『美味しんぼ』なんですよ」
『美味しんぼ』とはもちろん料理ブームのきっかけともなり、安全志向・本物志向を日本にもたらした、あの料理漫画のことです。

「あの漫画には本物のお店が出てくるでしょう? そこで紹介される料理は、作り方やレシピが書いているわけやないけど、『こういう風に使うんや!』って感心するような食材の組み合わせが出てきて、その組み合わせがヒントになるんですわ」
開店当時は『美味しんぼ』を読みまくり、今でもたまに手にするとか。
「漫画が師匠」なんて事を書いていいんだろうか? とさすがに躊躇し、尋ねると、
「秘密でもなんでもないですよ。お客さんにもみんな言うてますからね『美味しんぼ』で勉強したんやーって」
と、阪本さんはこともなげです。

阪本さんは、職人の修行をしなかったからこそ、偏見なく料理を学ぶことが出来ました。料理人に調理法を聞くこともいといませんし、居酒屋にいけば必ず「一品、二品はパクる」つもりでいるとか。
「聞くは一時の恥。聞かぬは末代の恥ですわ」
美味しいものを作るためには聞くことを恥だとは思わないという阪本さんは、むしろ高い矜恃(きょうじ)を持っていると言えるのではないでしょうか?


●根本の味を追い求めて
美味しいものを追い求める阪本さんだからこそのこだわりがあります。それは、
「自分が食いたないもんは出したくない」
というものです。
食べて美味しいかどうかはもちろん、家庭料理ではないお店の料理ですから、「食べたくなる」見た目も重要です。せっかく買った食材も、これはダメだと思ったら、決して使いません。

「なんでもかんでも国産やからええ、というわけでもないんですよ」
たとえば、ハモや松茸などは、国産よりも韓国産の方が良かったりもするのです。
「今の時分(春前)は、なんでかわからんけど、韓国産のハモの方が皮が柔らこうて美味しいんですよ」
だから季節によってハモの産地は変えている。また松茸も、
「農薬を心配する人もおるけど、松茸やったら畑で作ってるものとちゃいますからね」
人工栽培されていない松茸なんですから農薬を使っていない。言われてみればそれもそうです。

他の食材に関しても、阪本さんは先入観をもたず、自分の舌や知識でよりよいものを捜しています。特に、塩や醤油など基本となる調味料は厳選されています。

塩味は、甘味に比較すると、「美味しい」と感じる幅が狭いため、ごまかしがきかず、料理人の腕が問われます。
「沖縄の塩や、大島の塩も使うたんですけど、合わへんかったんですわ」
阪本さんは産地の違う三種類の塩を使い分けています。肉用には、アルペンザルツの岩塩。メインで使用しているのは下関の「最進(もじ)の塩」。そしてあてにもなるバリ島の再結晶塩。
「(これらの塩は)ミネラル分が多いんで、塩辛くないんです」
確かに、口にするとほんのりと甘味があり、まるで身体の細胞ひとつぶひとつぶに染み渡っていくようで、しばらく幸福感まで感じてしまう塩です。本当の塩とはこういうものなのか、と驚かずにはいられません。私たちが日常使う食塩を舐めた時に感じる、あの刺すような痛みがまったくないのです。
自然の海から作った、自然の塩。昔の人は、こんなに美味しいものを食べていたのかと思うと、衝撃的ですらあります。
このお塩を台所に置けば、どれほど日々の料理が美味しくなることでしょう!

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▲筆者は、業務用のスーパーへ出かけて『風天』と同じ塩をゲットしてきました! ちょっと値は張りましたが、大満足のお塩です。 ▲九州産の醤油「ゴールデン紫」。扱っているスーパーはあまりなく、ちょっと足をのばして、わざわざ手に入れているそうです。

「だしは、醤油とみりんですね」
他の醤油だとどうしても辛くなる。ですが、甘口のこのお醤油だと、お店の売りにもなっているハリハリ鍋にぴったりで、「やっと味が合った」のだとか。
そして、このハリハリ鍋が、『風天』の看板メニューとなったのです。

「ハリハリ鍋ゆうんは、水菜がパリパリいうのが、なまってハリハリ鍋になったんです」
ハリハリ鍋というと、クジラ鍋だと勘違いしている人も多いですが、実際には水菜のお鍋のことです。
「あれは当時クジラが安かったからで、今は豚が安いですから、うちでは豚のハリハリ鍋をやってます」

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▲ 名物になっている『ハリハリ鍋』。季節関係なく、夏でも必ず一日一食は必ず出るほど安定した人気を誇っています。

そして、ハリハリ鍋以外にも、様々な鍋が季節に応じて楽しむことが出来るのも『風天』の魅力でしょう。
「たとえば、ハモのコースでも、春と秋では変えています。春は岩のりをベースにした出汁で、秋はあっさりと松茸で。いうてみたら鍋一杯の土瓶蒸しですわ。あとで素麺いれて食べたら、そら美味しいですよ」
聞いているだけで、松茸の香りが蘇ってくるようで、秋が待ちきれません!


●たどりついた本流
本物の美味しさに出会える『風天』ですが、コースのご予算は、三千円程度とたいへんリーズナブルです。
もちろん、この『三千円』は、阪本さんによって、塩ひとつ、醤油ひとつ、あらゆる材料が吟味された『三千円』です。

「うちに来はる料理人さんが、『この値段で、この味やったらええんちゃう。ありやろ』って言うてくれはるようなもんを目指しています」
若いサラリーマンから舌のこえた料理人まで、誰もが楽しく集うことの出来る『風天』。その居心地の良さは、安易な客寄せ営業をしない姿勢からも伺えます。

「ウチは、飲み放題はつけてないんですよ」
大抵どこの飲み屋でも、飲み放題となると一時間半や二時間といった時間制限がつくものです。
しかし、居心地のいい『風天』では、お客さんが何時間もくつろがれるのがざらで、時には七時間、八時間となることも!
「それで飲み放題つけたら、お客さんが楽しんではる途中で、『えー宴もたけなわでございますが、そろそろお時間で』てなりますやん。披露宴やあるまいし(笑) それも無粋ですやん(笑)」
だったら、飲み放題をつけるよりも、
「コースも終わってもう一品ほしいなゆう時に、若い人が多かったら、ジャコのおにぎり握ってあげよかとか」
と、きめ細かいサービスで対応する方がいい、という阪本さんの気遣いが嬉しいですね。


阪本さんが、心地よい店作りにたどり着いたのは、『風天』という店名を決めた時にまで遡ります。
「『寅さん』のことですか? って思ったんですわ」
『風天』という店名は、店を開くときに「名前を鑑定してくれる人」に薦めててもらった店名だったそうです。阪本さんが、想像したのはご存じ『フーテンの寅さん』。
「それって、俺のことやないか」
と、思ったそうですが、店名の由来はこんな歌でした。
「匂い風にゆだねしは
  夢のかなたの本流にあり
   風の笑みにて清きかな」
そして、この歌を大切にしなさいとも教えてもらいました。

阪本さんは、二〇年間お仕事をしながら、この歌にある『本流』とはなんだろう? と考え続けたそうです。
今でもその答えにたどり着いたわけではないけれど、
「人それぞれに『本流』ってあるやろうけど、強欲に金儲けをしようとせずに、みんなが笑っていられる場所にすることかな」
と、今は思っているのだとか。


20年前に開店した場所から、『風天』が今の場所に移転してきたのは、丁度一年半ほど前のことで、「捜してた座敷のある店が空いたで」と教えてもらった事が縁だったそうです。

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▲阪本さんと比較して大きさを見てください。一抱えもあるまな板です! ▲ゆっくりくつろげる掘りごたつの座敷。ぜひお友達と一緒に美味をお楽しみください。

「移転の祝いに、このまな板をもらったんですよ」
常連さんにプレゼントしてもらったのは、分厚いヒノキの一枚板のまな板です。一生物だという、このまな板。
「僕の背にはちょっと高いんですけど、削ったり切ったりするわけにもいきませんからね。でも、もう慣れましたわ」
と、阪本さんは笑います。
阪本さんと同様、『風天』も、その名のように彷徨い今の場所にたどり着きました。『風天』と二人三脚で歩いてきた、阪本さんの20年の歳月が染みこんだ『いい塩梅』の笑顔でした。


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▲ 阪本さんの笑顔につられて、お客さんも自然に笑顔に。

風天
堺市堺区櫛屋町東3-1-1
TEL:072-224-6568 begin_of_the_skype_highlighting            072-224-6568      end_of_the_skype_highlighting FAX:072-224-6568
営業時間:18:00~翌3:00(LO 2:00)
定休日:日曜日
座席:カウンター 10席・掘りごたつ 6席
カード使用:可
予約:可
平均予算:3,000円

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