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颯爽人 No.008

M・O・C スタジオ 中橋 一彰

割れるからこそ美しい

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中橋 一彰
PROFILE
1982年  河内長野市生まれ
2003年  森本 真二氏に師事
      イタリアMIA展出展
2006年  M・O・Cスタジオ 設立
2008年  セラミックアートFuji国際ビエンナーレ 入選
          第62回堺市展 新人賞
2009年  第63回堺市展 堺市長賞
2011年  重要文化財 山口家住宅現代アート茶会にて
      湊焼 抹茶碗を出品


17世紀後半。堺に生まれたものの一度途絶えた焼き物の系統が存在しました。
今回紹介するのは、その焼き物を現代に蘇らせた若き焼き物師の物語です。

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▲表情豊かな『湊焼』。一世を風靡した堺の伝統工芸は、数百年の時を刻み、廃絶と復興を繰り返しました......。

■火と土の邂逅
焚き火にあたる冷たい身体に電撃が走った。
川遊びをしていた友達の何気ない一言。
「お前、火を起こすのがうまいな」
その刹那、火と土がひとつになりました。

10代の少年は悩んでいました。
自分は何をすべきかを。
将来への不安。哲学的な悩み。
それが友達の一言でインスピレーションが走り、好きだった土いじりと火が突然結びついたのです。
「焼き物だ!」
少年、若き日の中橋一彰さんが、陶芸家への道に踏み込んだ瞬間でした。

話はとんとん拍子で進みます。
華道池坊の先生から、京都亀岡の陶芸家・森本真二さんを紹介され、弟子入りが決まりました。
陶芸を教わるだけでなく、生活全般、猫の餌やりから運転手、師匠の奥さんの買い物の付き添いまでこなす日々。
しかし、
「若くて社会性も無く、反抗期まっただ中でした」
遅刻をし、仕事を抜け出してはブラブラ。鞄持ちも嫌々する。
当然、師匠には怒られます。
「低いトーンで『お前な......』って言われるんですよ。『そこに座れ』と。これが怖くて」
何しろ思い当たる節は多々あったものですから......。

師匠のお陰で、中橋さんはどんな仕事にも意味があると、少しづつ気づきました。
奥さんの鞄持ちをすることにも意味があり、若い中橋さんが年上の女性とお話出来る貴重な機会でもありました。
「年上の女性の話し方のトーン、話題。あの時の経験が、年輩の方とお会いする時に役立っています」
この時気づいたことが、後に大きく花開きます。
「あんな僕を諦めずに教えてくれた師匠には感謝してます」

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▲中橋さんの作品は店頭でも展示販売しています。手頃なお茶碗など、使いやすく見た目にも楽しいものばかり。 ▲お店には数台のろくろも。陶芸教室の生徒さんも、ここで作品造りにトライします。

いよいよ独立の時。
師匠は問いました。
「お前に何を教えたかったか、わかるか?」
中橋さんは、自分が「わかっていない」ことぐらいはわかるようになっていました。
素直に「わからない」という中橋さんに、師匠は言います。
「思い出して欲しい。焼き物師である前に、人間であることを忘れるな」
その後、ずっと考え続ける事になる言葉でした。


■失敗し、前へ進む
独立した中橋さんは、堺出身だった父の縁もあり中区の福田に窯を開きます。
その際に、堺の『湊焼』の赤焼き茶碗を見せてもらう機会がありました。
(汚い茶碗だな)
そう思いました。しかし日が立つにつれ、湊焼は脳裏に浮かんで離れなくなり、夢にまで見る始末。
とはいえ、湊焼は途絶えており、中橋さんは何も出来ずに思いをもてあますだけでした。

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▲堺区や北摂からも生徒が通う『 M・O・Cスタジオ 』。駐車場完備で車で通うことも出来ます。

それから数年後。『湊焼』にかかわるきっかけが訪れます。
障碍者ボランティアで知り合った方から、堺市の助成金の申請を薦められたのです。

助成を得れば、物作り事業として『湊焼』の復興が行える。
小学校で子供たちに陶芸を教えることが出来るのも魅力的でした。助成は文化事業への援助に加えて、子供たちに地元の文化継承も助けている。
「堺市はなんて良い市だろうって思いました」

しかし助成金を得るのは簡単ではありません。助成を認可する担当者も厳しい目でチェックするのです。
中橋さんは、『湊焼』の資料を掘り起こしたり、河南町のNPO法人が作る備長炭を使用するなどして、地域の貢献する焼き物であることを必死でアピールしました。
ついに努力が実り、中橋さんは助成の認可を得ることが出来たのです。

順調に見える中橋さんですが、失敗の経験も数多かったとか。
「『湊焼』も、最初は火事で焼けた茶碗みたいになったり」
しかし、失敗し、失態をさらす事によって答えが出てくるのです。
「失敗して当然なんですよ。(世間の人は)皆、ネガティブに見すぎですよ。僕に言わしたら、前進しかないじゃないですか! 失敗したら、謙虚に耳を澄ませばいいんです」
といいつつ「自分も、最初は謙虚にはなれませんでしたけど」と、中橋さんは笑います。

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▲湊焼の急須でお茶をいれる中橋さん。慣れた手つきも修業時代の賜物!?▲窯入れを待つお皿たち。どんな風に焼き上がるでしょうか。焼き上げてみないとわからない。偶然に左右されるのも焼き物の魅力です。

それにしても中橋さんがここまで復興に力を注ぐほど魅力的な『湊焼』なのに、なぜ途絶えてしまったのでしょう。
実はその原因に、『湊焼』の繁栄と没落、光と影があったのです。


■割れるから素晴らしい
豊臣秀吉の聚楽第から『楽』の一字をもらった楽焼。その3代目道入の弟道楽が現在の堺市湊で開いた道楽窯が『湊焼』の始まりとされています。
湊焼は、その後弟子が受け継ぐも明治時代に廃窯となり、一度は再興したものの、結局昭和51年2代目新平の逝去により途絶えてしまいます。

中橋さんは湊焼が廃れた理由として、湊焼が持つ性質ゆえに時代に乗り損ねたのではないかと分析しています。

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▲湊焼の歴史と魅力を語る中橋さん。


「中国の唐三彩をルーツに持つ湊焼・楽焼は低い温度で焼くため、非常に割れやすい焼き物です。廃窯になった昭和51年は高度成長期。割れやすい湊焼は、日常の道具として不向きと思われ廃れたのではないでしょうか」
ですが、この「割れやすい」ことこそが、『湊焼』の魅力なのだと中橋さんは主張します。
「千利休は、壊れやすさに美を見いだしたんです。逆転の発想ですよね。(高度成長期やバブルを経て)今は、心の時代です。割れやすいからこそ素晴らしいものとして大切に使って欲しいんです」
壊れやすい『湊焼』を作ることによって、中橋さんは一所懸命さを伝えたいのです。

M・O・Cスタジオという店名にも、中橋さんの心意気が現れています。
「マスターピース・オオサカ・セラミックスタジオの頭文字が  M・O・C 。マスターピースは"最高"という意味ですから、電話に出るたび毎回『オオサカで最高のスタジオです』って言ってるわけですよ」
少し得意げな中橋さんです。

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▲淡路島の土を使った器。釉薬の熔けた緑色が二つとない輝きを放ちます。


「今こだわっているのは淡路島の土です。これは焼き物用じゃなく、左官に使う土なんですが、日本家屋の壁とか綺麗ですよね。なら、それを使えばいいじゃないかって」
綺麗な釉薬の翡翠色の緑と、素朴な土の地肌が見事なコントラストを見せています。
「この色と、『湊焼』の色の二色が僕の色です」

そして雰囲気ががらりと違うクールな印象の白地に青の器。どこかオリエンタルの香りがします。
「ベトナムに安南焼という焼き物があるのですが、それをイメージして焼いたんです。自分が行けないので、妄想旅行でベトナムに行ってね」

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▲ベトナムの安南焼をイメージしたお皿。遠い南蛮貿易時代に思いが馳せられます。


電気窯から焼き上がったばかりの焼き物は実用的なものから遊び心に満ちたものまで様々。ぐい飲みや酒瓶、水差しなどもあり、中橋作品はどれも使い勝手がいい。触れるとそれが良くわかります。唇にあてた感じ、手のひらにすっぽり収まる感じや適度な重み。
『湊焼』は、中澤さんの手によって茶陶・芸術品としてだけでなく、日用品としても高い価値を持つ焼き物になったのです。


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▲端午の節句用に焼いた兜。欲しがる4才の息子には「自分で作りや」と今から陶芸の英才教育!? ▲手作りの小さな窯も。丁度茶碗がひとつ焼けるほどの大きさです。

店内には、この窯で焼いた陶芸教室の生徒の作品も飾られています。中橋さんが陶芸教室にも力を込めているのは、あの時の師匠の言葉を問い続けているからです。


■自らの熟成を待って
『陶芸家である前に人間であることを問え』
中橋さんは、社会福祉・地域貢献にその答えを見いだそうとしました。
「本当の陶芸家、人間って何だろうって自問自答したんです」
現在中橋さんは、高機能障害をもつ方への陶芸教室を行っています。収入は度外視だし、時にやめたくなる時もありますがやめられません。
「90才のおばあちゃんが物作りを楽しんでくれています。僕みたいな若造と違って、酸いも甘いも噛みしめた人として頂点にあるような方が面白いって言ってくれるんです!」
たくさんの出会いを通じて発見や学ぶこともあり、自分の人間性が磨かれ作品に反映していると思うのです。
「心のつながりが、作品につながっていると感じます。だから、人と人、人と社会をつなげたいと思うんです」

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▲年輩のご婦人に頼まれて作ったシェリー酒を入れるパーティー用の器。お客様がパーティーを楽しんでいる様子を思い浮かべて作ったそうです。上品で遊び心のある器ですね!


『人間であることを忘れるな』という言葉が実感されます。
「無理につなげても駄目なんです。無理矢理だとつながっても切れてしまう。楽しませてやろう、という姿勢だと相手にわかってしまう。そうでなくて、自分が楽しんでいることが大切だと思います」


師匠は中橋さんにもう一つ言葉を贈っていました。
『いつも十年後の事を考えて仕事をしなさい』
師匠のもとを離れて七年。そろそろ次の十年は見えてきたでしょうか?

「焼き物のルーツである中東に行きたいですけど、今はまだ行く時期じゃないと思います。旅行や遊びに行くんじゃなくて修行に行くわけですから」
自分の中で、何を目的とするかのコンセプトは出来ていない。今はまだ、この場所で自分自身を熟成させ磨き上げている時。
「十年後は、『湊焼』をもっとグローバルにしたいですね。『湊焼』が知られてきらびやかなのは、まだ近畿だけですから」
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▲窯出しした瞬間に立ち会いました。中東をイメージした水差しと瓶。まるで太古の遺跡から掘り出されたかのような、この風格。 ▲湊焼のぐい飲みを戴きました♪ 丁度たなごころにぴったりの大きさで、触れるだけで癒されます。

挑戦や大きな夢も、失敗するかもしれないほどの事だから、挑み続けている中橋さんは輝いているのです。
将来、自分を磨き上げた中橋さんは、どんな作品を魅せてくれるのでしょうか。

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▲卒業後、 未来の目標や夢を日記につけている中橋さん。「今頃はニューヨークにいるはずやったのに。おかしいな」と笑います。
作品展の準備もあって、忙しい毎日です。


大阪府堺市中区福田618-10
TEL 072-203-1008
(問い合わせ:10時~17時)

陶芸教室は、木・金以外


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