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黄金の日日紀行~ベトナム領事館~

堺に、ベトナム領事館があるのをご存じですか?
熊野小学校の南向かい、以前平安閣だったビルに『赤地に黄色い星』のベトナム国旗がはためいているのを見た方もいるでしょう。そこがベトナム領事館です。
ベトナムといえば、美味しいベトナム料理や、アオザイを着た美しい女性、風光明媚な景勝と暖かな持てなしの観光地、未だに残る戦火の記憶……などの様々なイメージがあるでしょうか。堺との縁でいえば、南蛮貿易で輸入した陶磁器の産地のひとつがベトナムです。
今回私たち『つーる・ど・堺』取材班は『堺ジャーナル』さんのご協力を得て取材許可をいただき、ベトナム領事館を訪問し領事さんからお話を伺うことが出来ました。
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▲大小路に面したベトナム領事館。向かって右がベトナムの国旗。左がアセアン(東南アジア諸国連合)の旗。
■ここよりはベトナム
「日本人にそっくりでしょ」
そう言って私たちを迎えてくれたのはバー領事。流ちょうな日本語の37才の若い領事さんです。
「丁度私はベビーブーム世代なんですよ。1975年生まれ。戦争が終わった年でみんな子供を沢山つくったんです」
ベビーブーム世代は日本と同じで受験の競争率も高く何かと大変な世代だったとか。
「もともと大阪市に領事館があったのですが、2009年の9月に平安閣があったこのビルを購入したんです。だからここはベトナムなんですよ」
と、茶目っ気たっぷりのバー領事。この敷地内は外交施設で、私たちにとっては外国、ベトナム社会主義共和国なのです。
こちらの領事館を堺市民が自由に見学することは出来るのでしょうか?
「自由にとはいきません。悪い人を入れるわけにはいかないですからね。ちゃんとした人からの紹介状が必要です」
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▲どっちがベトナム人!? 向かって左がバー領事。右がベトナムの帽子をかぶった取材班メンバーです。
政府機関ということもあって事務所内の撮影はできませんでしたが、ベトナムの文化を紹介した1階のエントランススペースは「お好きなだけ撮ってください」と許可を頂けました。
「事務所と大きなパーティーができる宴会場、そして職員と家族が住む住居に改築しました」
この領事館で働いているスタッフの方は何名いるのでしょうか?
「総領事が1名、領事が4名。スタッフの合計は10名で、全員ベトナム人です。それと家族が住んでいます。日本語をしゃべれるのはスタッフ中4名で、あとは英語だけ。そういえば大阪の人はあまり英語をしゃべらないですね」
日本人の場合、それは大阪の人に限ったことではないのですが……。
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▲領事館前で。領事館スタッフの皆さんが一服中。かつて仏領インドシナだった頃のフランス文化の影響もあってお昼休みはたっぷり取る習慣があるそうです。
『アセアンウィーク』のような大がかりなイベントも領事館のお仕事なのでしょうか?
「いえいえ、『
アセアン ウィーク』は調整だけ。手が足りないんです。あとは民間のベトナム人がやっています」
取材前後にもお仕事のあったバー知事。お忙しい中、わざわざ時間を割いてくださったようです。
「夜中にもベトナムから国際電話がかかってきますから、領事館の仕事は24時間体制なんです。領事館の任期は3年間なんですが、3年いるとみんなくたびれちゃいますね」
コラム「祖先は同じ!? ベトナム人と日本人」
「日本人とそっくりでしょ」とバー知事がおっしゃるように、ベトナム人と日本人はよく似ています。
遺伝子研究の結果、ベトナム人も日本人の共通する主要なルーツとして中国の南部に行き着くようです。文化的にも中国の強い影響を受けて漢字文化圏であることや、米食文化、伝統衣装の類似など共通項目をあげていけばきりがありません。
ベトナムを訪問すれば、田園風景や人々の営みの中に親しみを感じるのも無理のないことでしょう。家族や友人とそっくりの顔をしたベトナム人に出会えるかも!?
■ベトナムと関西の架け橋
では、大忙しの領事館のお仕事とは?
「まずはビザの発行です。とはいえベトナムへは2週間以内の滞在はビザは必要ありませんから、ビジネス関係などで長期滞在される方のビザの発行が主になります」
2012年の1月から7月までの累計でベトナムを訪れた日本人は33万人にもなります。
エントランスホールには、ベトナムの世界遺産である『ハロン湾』の風景写真が掲げられ、対面の壁には富士山の写真が飾られていました。
他にもベトナムの竹製の伝統楽器ダンチェーや、精巧な螺鈿細工の入ったテーブルや椅子などが展示されています。
「近くの小学校や中学校に見学に来てもらったり、こちらから訪問して、ベトナムのことを紹介しています。ベトナムから伝統音楽を演奏する人達を招くこともあります。先日は大阪、京都、和歌山など20箇所で演奏会を開きました。みんな喜んでくれましたよ」
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▲世界遺産に登録された『ハロン湾』。一度は実際に体験したい水上の絶景ですね。 ▲11~13世紀のベトナム李王朝頃からの伝統があるハノイ市チュエンミー村の螺鈿細工。
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▲日本がポツダム宣言を受諾した半月後の1945年9月2日が、ベトナムの独立記念日。初代国家主席はホー・チ・ミン(ホーおじさんという愛称)。 ▲パーティーで活躍するベトナムの獅子舞。宴会場で仰向けになって一休み!?
交流は文化面に限りません。
「ベトナムの知事や企業の人が関西に来た時には、堺市長への表敬訪問をします。また、両国の経済人や友好協会の方々を200人以上招いてパーティーを開くこともあるんですよ」
案内された大きな宴会所には、9月2日の独立記念日のパーティーの際に使用したパネルが掲示されていました。
「最近は、日中関係の緊張もあって、ビジネス関連でベトナムへの注目が集まっています。問い合わせの電話がどんどんかかってくるんですよ」
ベトナムの過去10年間の平均経済成長率は7%と躍進中。忙しいバー領事の日々はこれからも続きそうです。
コラム「海のシルクロードが結ぶベトナムと堺」
15世紀から16世紀にかけて、堺は国際貿易都市として南蛮貿易の一端を担いました。一方、同時期のベトナムでも有名な貿易都市としてホイアンなどがあげられます。どちらもヨーロッパから極東アジアを結ぶ海のシルクロードの重要な港です。
堺では、両者を結ぶ出土品として16世紀末のベトナム産の陶磁器が発見されています。これはこの時期の貿易陶磁器としては、中国製95%以上、朝鮮製3%に対してベトナム産はわずか1%に過ぎないのですが、希少価値の高い特別な陶磁器『茶陶』として使用されていたものと思われます。
堺の有名な茶人たちも、ベトナム産の陶磁器の『赤絵』や青い染め付けに心を躍らせたことでしょう。
■故郷の味を楽しんでいます
領事館の方々の普段の生活がとうなっているのかも気になるところ。特にベトナム料理は、生春巻きやフォーなど美味しくてヘルシーなイメージもあって日本でも人気ですね。
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▲はるか以前のアセアンウィークのベトナム料理教室で教わった生春巻き。料理教室は大人気でしたよ!
お食事はどうなさっているのでしょうか?
「外食をする事ももちろんあります。でも普段は家族と暮らしていますから、一緒に食事をとりますよ」
食材はどこで入手されるんでしょうか?
「ホーチミンから飛行機の直行便が5時間で食材を運んでます」
関空が近いのも堺に領事館のあるメリットですね。やっぱり日本の食材と違いますか?
「そんなことはないですよ。実は使う材料は日本の料理と一緒の物も多いんです。レタスとか。でもやっぱり故郷のものが懐かしくて」
そうなると領事館のお仕事を離れた一個人として、同じ堺に住む市民として日本人と交流する場はあるのでしょうか?
バー領事は窓越しに通りの向こうの小学校に視線を送ります。
「もちろん。たとえば家族の子供達はみんな近くの小学校に通ってますよ」
関西にいるベトナム人は1000名になります。日本全国では45000名ほど。うちベトナムからの留学生は4000名にものぼり、中国・韓国・台湾に次ぎ世界4位だとか。
文化・経済面での交流が更に活発になれば、ベトナムは私たちにとってもっと身近な存在になってゆくことでしょう。
最後に質問はありませんかと言うバー領事にメッセージをお願いすると、
「ベトナムと関西の交流センターになりたいと考えています」
と語ってくださいました。
※参考文献
『近世日越交流史ー日本町・陶磁器』櫻井清彦・菊池誠一 編 柏書房株式会社
『東南アジア史』レイ・ダン・コイ 文庫クセジュ

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