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雑記帖 No.115

赤レンガの遺産(2)再生

100年の遺産が生まれかわる

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明治末期、大和川のそばに突如現れた赤レンガの工場群。それは堺セルロイド、後のダイセル化学工業株式会社の化学工場でした。現在、ただ一棟残った赤レンガの建物を見ながら、100年を越えるその歴史の原点を辿ったのが前篇です。後篇では、まずセルロイドとはなんぞや? というところからはじめましょう。


■世界初のプラスチック
セルロイドとは、1856年にイギリス人によって発明された史上初のプラスチックでした。
セルロイドは象牙の代用品として、メガネのフレームや万年筆の軸、食器の取っ手、玩具などに使われました。写真のフィルムの原料ともなり、アニメの「セル」もセルロイドからきています。
代用品といっても塊を彫って形を作っていく象牙と、型に素材を流し込んで自由な形を作ることができるセルロイドでは、使いやすさは雲泥の差でしょう。近代を特徴づける大量生産とセルロイドは切っても切れないものでした。
このセルロイドの国産化に挑み成功したのが、堺セルロイドだったのです。

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▲敷地内に今も残る神社。鳥居に刻まれた奉納の年はセルロイド会社が合併して大日本セルロイド株式会社になった「大正8年」。寄贈は「麻布木村町三井家」。堺セルロイドの株主である三井財閥の三井家でしょう。


会社も発展します。1919年(大正8年)に、堺セルロイドなどセルロイド製造企業8社は合併し、大日本セルロイド株式会社となります。そして1934年には写真フィルム事業部門が独立し、富士写真フイルム会社が生まれます。のちの富士フイルムホールディングス株式会社です。

しかし、近代を象徴する化学素材であるセルロイドには大きな欠点もありました。それは極めて燃えやすいことです。170度以上に達すると、自然発火してしまうのです。摩擦などでも簡単に発火します。そのため多くの火災事故を引き起こしました。大日本セルロイドの東京工場でも1934年に火災爆発事故が発生しています。この危険な特性のため、セルロイドは次第に使われなくなり、現在ではギターのピックなど極一部の製品に使われているだけとなりました。


■化学遺産として
戦後、大日本セルロイドは「ダイセル株式会社」に変更します。その後、何度か商号は変更されますが、「ダイセル」という呼び名は一貫しています。そして、この名前が衝撃的に知れ渡ったのは、1982年8月に起きた爆発事故でしょう。この事故では1回目の爆発の後、消火活動のさなかに2度目の大爆発がおこり、6名の方が亡くなり200名以上の重軽傷者が出て、うち周辺の住民178名が軽傷を負いました。遠く離れたエリアでも爆発音が響き、地面や電信柱が揺れるほどの爆発でした。この痛ましい事故は様々な検証がなされ、後の教訓とされたようです。

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▲現在は水辺の緑に囲まれた市民憩いの場に。


21世紀になって、近代の繁栄、現代の大事故などを経たダイセル堺工場の長い歴史にも終わりの時が来ました。
2008年、大和川の整備事業に伴い、このダイセル堺工場は整理されることになったのです。跡地がどのように利用されるのか注目を集めました。
付近の住民や建築家からも、工場の保存が強く求められました。結局、一棟だけが保存されて、残りの建物は撤去され、2016年3月に「イオンモール堺鉄砲町店」がオープンします。残された一棟はレストランとなり「堺鉄砲町赤レンガ館」となったのです。


■市民に親しまれる建物に
外観は残し、内装などを改修された工場の建物は「赤レンガ館」として生まれ変わりました。
その名前の特徴となった赤レンガは、積み方を見ると俗に「オランダ積み」と呼ばれている積み方をしているようです。この積み方は、レンガの長い面(長手)だけの段と小さい面(小口)だけの段が交互に積まれる積み方です。見た目の美しさは、「フランス積み」などには劣るのですが、丈夫に安くできるのが特徴です。


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▲古い煉瓦を見ると、長手の段と小口の段が交互に積まれている。

工場建築の専門である「茂建築事務所」らしい特徴ということでしょうか。「赤レンガ館」は、工場らしくまずは実用本位に作られたというわけです。しかし、それでも現代の素っ気ない工場に比べれば、ファサードの作りに充分に装飾性を感じることができます。今、「赤レンガ館」の周辺には「せせらぎの森」として人工の小川や築山が作られ、風情のあるエリアとなっており、イオンモールを訪れた家族連れの子どもたちや、ペットを遊ばせるご近所さんの姿が見られます。
様々な歴史の荒波を潜り抜けた「赤レンガ館」は第二の人生を歩みはじめたかのようです。きっと多くの人に愛され、親しまれるような建物へとなっていくことでしょう。


※参考資料
「大阪府の近代化遺産」(大阪府教育委員会/非売品)
「水の都と都市交通」(三木理史/成山堂書店)
「日本の近代建築」(藤森照信/岩波新書)
「大阪の近代建築と企業文化」(橋爪紳也他/ブレーンセンター)
「大阪の樹脂製造工場の爆発」(板垣晴彦他/失敗知識データベース・失敗百選)

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