| トップページ |
雑記帖 No.258

"トリオいろはに"のまちなかコンサート(1)

トリオいろはに結成秘話!?

01_sinboku1.jpg

堺出身の3人の音楽家で結成された"トリオいろはに"は、気軽に、でも本格的なクラシックを聴かせてくれる音楽グループです。
トリオ結成から休みなく毎年クリスマスコンサートを開催しており、2019年に入っても、2月に堺市博物館地階ホールでコンサート、3月にはメンバーの藤原士郎さんのチェロリサイタルが東文化会館フラットホールで行われ他の2人も出演するなど、活動はますます活発的になっている様子です。
つーる・ど・堺では、堺市博物館で開催された「まちなかコンサート」にお邪魔して、リハーサル後の貴重なお時間をいただきインタビューすることができました。
笑いにつつまれたインタビューからも、長年続けてこられた理由の一端が見えてくるようでした。


■それぞれの音楽家への道
"トリオいろはに"は、チェロの藤原士郎さん、ピアノの井阪あゆみさん、クラリネットの中本吉啓さんの3人組です。まずは、3人それぞれの音楽家としての出発点について尋ねてみました。

01_sinboku1.jpg
▲呑み仲間でもある中本吉啓さんと藤原士郎さん。


――みなさんが音楽家になったきっかけはどのようなものなのでしょうか?
藤原「じゃあ、中本さんから」
中本「僕は単なるスケベ心で。若い女性と長い間音楽がしたいなと(笑) 丁度、稲本(耕一)さんが殿馬場中学校のブラスバンドの先輩だったんです。入学式に素晴らしい演奏を聴かせていただいたので入団しました」
――今、クラリネット奏者の稲本耕一さんですね。つーる・ど・堺では亡くなる直前にインタビューさせていただきました。
藤原「僕も昔から直接稲本さんは知っていますよ」
中本「はい。弟子というか。今は息子さんご兄弟(稲本響・稲本渡)が活躍されていますね。僕は体が小さかったので、稲本さんからクラリネットをやれといわれて、それがスタートです。稲本さんは聖徳太子のような声をなさっていて......」
井阪「聖徳太子の声知ってんの!?(笑)」


01_sinboku1.jpg
▲亡くなる前年の2013年にインタビューした時の稲本耕一さん。中本さんが「聖徳太子」と評するもわかる、聡明で気品のある佇まいで、堺の音楽界に多大な貢献をされました。


――藤原さんはいかがでしょうか?
藤原「家にピアノがあって妹が弾いていたんですけど、親父が僕にもピアノを弾けっていうんですよ。でも、僕は虫が好きで電車が好きで、男の子がピアノなんか弾けるかと、嫌で弾かなかったんです。でも小学生の時にマドンナが2人いて、たぶらかされてコーラス部に入ってしまったんです」
――マドンナって同級生ですか。
藤原「そう。同級生で先にコーラス部に入っていて、臨海学校を小豆島でやった時に、コーラスの団体が船の上でやってるんですよ。ずーっと、それを聴いて、いいなぁいいなぁと、それで入っちゃった」
――最初はコーラス部だったんですね。
藤原「僕は弦楽器をやりたかったんだけど、親父はピアノをやれといって、仕方なしに1年ぐらいやってたんだけど、大学に入る時に、その頃は東大紛争の時代だし、何やろうかな、何やってもしょうがないな。チェロを弾くか、作曲するか、野球をするかで、作曲って音を出さなくてさみしいから、とりあえずチェロを弾いてみよう。何も考えずに大学でチェロばかり弾いてました。で、もう一回音大に行き直してって、そんな感じ。女の子にもてたいんじゃなくて、女の子に惹かれて、ふんがふんがと(笑)」
――女の子をたぶらかしたかった人と、たぶらかされた人なんですね(笑)

01_sinboku1.jpg
▲幼い頃から英才教育を受けたという井阪あゆみさんは、藤原さんに見いだされ、回り道をしたものの結局は音楽の道へ。


井阪「両親の夢が、私をピアニストにすることで、超英才教育で厳しく育てられました。ただ音楽の道も食べていくのが厳しいし、1回高校の時に、三国丘高校が進学校だったので、他の道も一瞬探したんですけれど、成績が伸びずに(笑) 結局音楽の道しか残ってなくて、その頃に藤原さんと知り合って、藤原さんが私のピアノをいいよいいよとおだててくれて、それにホイホイのせられたんです。やっぱり私には音楽の道しかないと、両親には反対されたのですけれど大学に進んだんです」
藤原「1回反対されているの?」
井阪「はい。食べていくには厳しいからと。音楽の大学に入って、入ったらまた悩んで、卒業後は違う道で生きようと思って、色んな仕事も経て、やっぱり結局戻ってくる所は音楽しかないなというので、観念して戻ってきました」
――音楽の道も厳しいのですね。
藤原「僕らは世界に出てから茨の道やで、しまったな。しまったなばっかり言っている(笑)」


■3人の出会い

01_sinboku1.jpg
▲虫と電車が好きな少年だった藤原さん。


――3人はそれぞれ相手のことをどう思っておられるのですか?
中本「藤原さんは先生です」
藤原「なんで先生なん(笑)」
中本「私はオーケストラでやっていて、アンサンブルをやりはじめたころに、はじめてプロで合わしていいよといってくれたのが、藤原さんなんですよ。それから井阪さんを紹介されたので、藤原さんが原点になっています。そして井阪さんは素晴らしいピアニストで、すごいなと尊敬しています」
井阪「本番前にゴマすらないで(笑)」
中本「きっかけを作ってくれた。稲本さんと一緒ですね」
藤原「それはまぁそうなんですけれど、どちらかというと一緒にお酒を飲んで馬鹿な話をいっぱいしたっていうね(笑)」
中本「あの子可愛いなとか」
藤原「色んな想い出がありますね。井阪さんと会ったときは、まだ高校生だったから、なんていったらいいんやろ......」
井阪「まだ可愛かった?(笑)」
藤原「今も可愛いんだけど(笑) いやいやでも本当、長い付き合いで、この頃は『藤原さんそこ違うやん』って怒られるから、あのときとは立場が違うわなぁって、おっかなぁい」
井阪「女の人って、年を取ると男の人とこうなるでしょう(手で立場が逆転する状況を表す)」
中本「そうそうそう」
井阪「だいぶ前からこうなっている」


01_sinboku1.jpg
▲いつの間にか立場が逆転(?)してしまった2人。


――井阪さんはどうですか?
井阪「藤原さんは、高校生の頃からのお知り合いで、いつも何かしらいている人、です。自分の人生に色んなことがあるけれど、変わらずにいてくれて、藤原さんはたまに違う伴奏者に浮気するんですけれど、結局私の手元に戻ってくる(笑)」
藤原「手のひらの上で転がされているの」
井阪「そうそう(笑)。で、中本さんは......」
中本「色んな所でで会いますね」
井阪「藤原さんを介してのだけど......」
中本「共通の友達がいている」
井阪「私と中本さんの間に、いつも共通の友達がいて、不思議な縁で結ばれているなと」
藤原「それとね、不思議なんですけれど、彼がいると何か安心なんですよ」
井阪「(笑)緩衝材?」
藤原「今日も助かったじゃん。音楽の事じゃないんですけれど、ベルトを買ってきたんですよ」
中本「調整してたんですよね」
井阪「2人でああでもない、こうでもないってやって、もめていて。丁度中本さんがやってきて、ドライバー持ってる? って尋ねたら。持ってますよって。なんで持ってるん!(笑)」
藤原「それまで説教されてたから」
井阪「なんでベルトなんか買ってくるん! って」
中本「僕がいないとダメなんです」
井阪・藤原「(大笑)」
――なんかわかるかんじですね。



■トリオいろはに結成
――そんな3人が"トリオいろはに"を結成したのはどんな経緯があったのですか?
井阪「堺区の山之口商店街にある『ギャラリーいろはに』でクリスマスコンサートをすることになったんです」
――そうだったんですか。『ギャラリーいろはに』の北野庸子さんのインタビューもつーる・ど・堺でさせてもらったことがあります。
井阪「それでライングループで相談をしていたのですが、あれってグループ名をつけないといけないじゃないですか。最初は三人の名前をつらつら書いていたんですけれど、思いつきでライングループ名を『トリオいろはに』としたんです」
藤原「誰が決めたん?」
井阪「(笑)わたし(笑) むっちゃ安易な」
中本「覚えやすいですしね」
井阪「そうそう、なんか妙にはまってしまって」
藤原「堅苦しくなくていいね」
――親しみやすい名前ですよね。
藤原「ひらがなっていうのもいいしね」

01_sinboku1.jpg
▲堺区の山之口商店街にある「ギャラリーいろはに」。


――トリオいろはにでの活動頻度はどのぐらいなのですか?
藤原「そうしょっちゅうじゃないんですけれど、クリスマスにはいつも一緒に。いろはにでね」
井阪「年に一回いろはにさんでは必ずやる。そのときには3人だから、年末って感じがする。3人が集まったら、ああ年末やって思います」
藤原「以前はトリオでやってなくて、色々やってたんですよ。だけど3人に固定してかrはずっと3人になっちゃったね。もちろん編成上、2人でやることもあるから、いつも3人ってわけじゃない。しょっちゅうできないですから、クラリネットの曲というのも」
中本「(クラリネットの曲も)色々あるんですけれど、最近は井阪さんから、ポピュラーのリクエストが来るんですよ。それが僕にはすごく新鮮で面白いです」
井阪「ジャズとかね」
中本「映画音楽とかね」
――3人でやることでそれぞれ刺激を受けて成長するわけですね。いいトリオですね。
藤原「練習の時にあゆみちゃんがなんか体調が悪くて、もう前の前の日なんだけれど、体調が悪くてごめんなさいって連絡がきて。昼間だったけど、じゃあ飲みに行こうかと。練習はもういいかと」
井阪「2人はね。止めないといつまでも昼間から呑むから、私いつも怒っているんですよ。いい加減にしいやって」
――おかんみたい。
井阪「やっぱりそうです。年はすごい離れているのに、こうです」
――立場が逆転する。
井阪「えらそうにさせてもらっている」
中本「僕らは幸せです」


和気あいあいとして、まだまだお話が続く3人で、1回でお話が終わりきりませんでした。次回中篇では、ちょっと話題はシリアスに!? 日本の音楽界の未来へ興味深い提言も聞かせていただきました。お楽しみに~♪


20190309_otonoha01.jpg

20190309_otonoha02.jpg

音の葉、音の羽。自然と人と、人と音楽と。

第8回堺市新人演奏会の出演を経て、様々な音楽活動を展開しながら関西にて長く後進の指導に携わり、大阪府より教育功労賞を授与された経歴を持つ藤原士郎。チェロの音色で紡ぐ、自然と人をつなぐ音楽をお届けします。

また、ゲストに第47回堺市新人演奏会優秀賞を受賞した板橋亜胡さん(ソプラノ)をお迎えします。堺市新人演奏会に出演した音楽家同士、先輩・後輩の交流もお楽しみください。

日時:2019年3月9日(土) 17時開演 16:30開場
会場 :堺市東文化会館フラットホール
入場料:
一般 1,500円(当日 2,000円)
高校生以下 700円(当日 1,200円)
※全席自由席
※就学前のお子様の入場はご遠慮ください。

検索

2019年2月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28    

お気に入りに追加

堺「意外史」探訪
| トップページ |