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雑記帖 No.234

浜寺公園の初めての空 秋休 TOUR FINAL(1)

秋休インタビュー

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空は高く淡い色に澄み、気温はやや高く風は冷たい秋晴れの日でした。
南海本線「浜寺公園」駅で降りると、旧駅舎では何かイベントをしているようでした。人もそこそこの気配ですが、強い風にイベントの立て看板が倒されていたりして、どこか間延びしたような土曜日の午後です。

強い風といえば、大きな被害をもたらした台風21号のことが思い出されます。浜寺公園に入ってみると、大きな被害があったのは明らかです。人の通る道は綺麗になっていましたが、敷地の奥にはダメージを負った木、倒木がそのままになっているのが目に付きます。

ただ今回の目的は、公園散策ではありません。
浜寺公園の野球場ではじめて開催されるという野外ライブを取材しにきたのです。
ライブを開催するのは、2人組ユニット『秋休』。天王寺のストリートからスタートし、いまや全国ツアーも頻繁に開催するミュージシャンです。つーる・ど・堺の読者の中にも、路上やTV、ラジオなどで彼らの歌声を聞いてファンになった方もいらっしゃることでしょう。

この日は2018年の全国ツアーの最終日、「秋休全国TOUR2018~あすなろの空~FINAL」。本番直前に時間を頂き、『秋休』の2人に話を伺うことができました。まずは、そのインタビューからお届けします。


■17周年の節目に野球場に着地
インタビューは、ライブ会場になった野球場の外野で行われました。芝生の上に椅子を並べてのインタビューは、このツアーには最適のシチュエーションでした。

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▲『秋休』の2人。平松契帥さん(左)と河本知樹さん(右)。


『秋休』のメンバーである、ギターとヴォーカルの河本知樹(かわもとともき)さんとヴォーカルの平松契帥(ひらまつけいじ)さんが、天王寺の路上でユニットを結成したのは丁度17年前の2001年10月20日のこと。話題はまずそこからです。

――今回のツアーの最終日が結成日と同じ10月20日で、この浜寺公園の野球場でやるということには何か意味があるのでしょうか?
河本「はい。まず17周年というのが第一にあって、毎年ファイナルには大きなことをしたいと思っていて、今年も誰もしたことがないことをしようというのがありました。あともうひとつ、僕が高校野球をものすごく好きで、楽曲の中に『マウンドの空』という曲があるのですが、それをひっさげての全国ツアーで球場でライブを出来たら面白いんじゃないかというのがありました。それで会場を探した所、浜寺公園さんの御厚意があって使わせていただけることになったのですが、音規制の厳しい所で......ってその辺はあなた(平松)です」
平松「はいはい、その辺は僕の担当です。ご連絡させていただいたら、浜寺公園さんの方でも、こういうことは初めてだということで、だったら僕たちの方でもぜひさせていただきたいということになったんです」

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▲ギターとヴォーカルの河本さんは雨男。この日も会場入りした早朝は雨が降ったとか。


――今回のファイナルもそうですが、『秋休』さんは色々仕掛けられているように見えますが?
平松「仕掛けているというよりは、音楽業界ではインディーズとメジャーという分け方をしているんですけれど、基本的にはインディーズでも、ここまで自分たちが自信があったらできるんだよっていう所を知らしめたいんです。僕たちはストリートミュージシャンで、ストリートあがりなんですけれど、今回の野外もそうですし、自主でイベントを切り拓いていくこととか、自分たちでしか自分たちの価値はあげれないし、それに賛同してくれるファンの方々がいてやっと成り立つアーティストなので、そういう部分から変えていきたい。それは自分たちで進んで行くことでしか変わっていかないと思っています」
――デビューから17年という月日は、ご苦労されたことも多いんじゃないでしょうか?
河本「そうですね。やっぱりファンの方との出会い別れが多いです。17年やってますから、10年以上前に出会った方が、結婚したり子どもが出来たりしてライブに足を運ぶ機会も少なくなってますし、新しく出会う機会も減ってきている。それは僕らだけでなく、音楽業界全体でお客様に足を運んでもらうことは厳しくなってきています。これはずっとついてくる問題だとは思うのですが、そこは苦労するというか、闘っていかなくてはいけないなってところですかね」

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▲ヴォーカルの平松さんは、晴れ男。平松さんがステージに出ると太陽が顔を出す!?


――ストリートでのライブは今もされているというのも、やはり自分たちのアイデンティティのようなものなのですか?
河本「出会いを求めてというのが一番大きいです。やっぱりライブハウスで自分たちの新しいファンになってくれる率というのはかなり低いんです。新しい人たちがどこに集まるのかというと、インストアライブであったりストリートです。だからそこに勝負しにいったりもするんです」
――そういった出会いが今日の野外ライブにつながっているんですね。


■初公開!? 『秋休』結成秘話
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▲堺でのライブ経験を尋ねると「近いので遊びに来ることはあっても、ライブとなると出来る所をあまり知らないので無かったのですが、これをやるにあたって音caféさんでやらしていただきました。マスターも良い方で、音が良くてやりやすかったです」。


平松「実は僕も相方にあこがれて音楽をはじめたんです。結成からそうなのですけれど、相方は一番引っ張っていってくれて、僕はその後ろ姿をずっと見ながら音楽を始めたのですけれど、もともとファンだったんです」
河本「そうなんです」
――え、そうなんですか!! ファンと組んだユニットなのですか!?
河本「そう、変な2人組なんです(笑)」
平松「本当に17年間色んな現場があって色んなシーンがあったんですけれど、今日も(河本さんが)本当に出会いを求めている感をひしひしと感じます。17年間常に横にいるので伝わってきます。今日もこのイベントの空いている時間は、出会いを求めて走りに行く(笑) 僕はその姿を見ただけで涙が出てくる(笑)」
河本「その話まったく(記者の)ペン動いてないから、メモしてないから使われへんで」
――いえいえ(笑)
平松「(笑)」

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▲野球愛あふれる河本さん。この日のコーディネートのため髪も赤くして気合十分。


――しかし、出会いはファンとしてだったのですね。
河本「はい。長居公園で友達と遊んでいた時に、(平松さんが)聞きに来てたのがはじめです」
――2人になってから、「秋休」という名前は決まったんですか?
河本「そうですね。天王寺に歌いにいった時に、お客さんというか立ち止まってくれた人が、『名前決めたらいいんじゃない?』って言ってくれたことから、2人で長居のデニーズでなんか名前決めなあかんなって。それで本当に適当につけた名前なんです」
――え、そうなんですか!?
河本「まさか10年以上もやるとは、その時は思ってなかったですからね」
平松「この秘話、多分(公開するのは)はじめてですよ。つーる・ど・堺さん、バンと出していただけると......」
――初公開の結成秘話なんですか(笑) それはファンの方にもぜひ伝えないと。
平松「ちなみに、この時、僕はまだ音楽をやったことがなかくてドヘタでした。僕からするとテレビで見ていたゆずさんとかコブクロさんとか、わーアーティストさんだっていうのが、地元の長居公園にいるわけですから、物珍しかったんです。こんな歌の上手い人が地元の公園にいるんだっていう。それからずっと(河本さんの)背中を見てきたんで」
――なるほど。逆に河本さんは、歌うのが初めてという人と一緒にやるのは大変だったとかはなかったのですか?
河本「いや、その時はただただ歌うのが楽しかったんです。その頃はまだまだカヴァー曲を中心でやっていて、遊びっていうわけでもなかったのですけれど、上手いなぁ下手やなぁという会話もなく、僕らはただただ音を楽しんでいただけなんです」
平松「嘘や!(笑)」


■音楽と野球の夢を持つことでコラボしていきたい
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――では、これまでで節目といえるようなことはありましたか?
平松「あります!」
河本「なんや」
平松「なんやろ?」
河本「ないんかい(笑) 節目はやっぱりこの野球というカテゴリーをひとつ武器に出来たことですね。ここ2年ぐらいですけれど。高校野球が好きだというのを前面に出して、楽曲も野球の歌を作っています。SNSでも投稿してますが、地方大会から追いかけるぐらいでマニアックで、東北とか地方のライブの合間にも時間があれば試合を見にいったりしてるんです。そこから今年は、球場で着地するという実現までこぎつけました。なので、野球というカテゴリーとのコラボを、自分たちなりには出来ました。それをこういう情報サイトでも発信していただければありがたいなと思います」
――なるほど、『秋休』のひとつ特徴的な武器になったのですね。
河本「そうですね。僕たちのファンは女性が多いのですけれど、野球の歌を歌うことによって、高校野球にまったく興味が無かった人が、高校野球や野球を見にいってくれたりして、高校野球や野球って面白いやんて。これで少なからず野球に貢献できているのかなって思います」

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▲野球場の応援と見まがう、ライブ風景は秋休ならでは!?


――では最後にこのツアーの後のこともお聞きしたいんですが、一か月お休みされるとか?
河本「11月一杯ですね。相方は喉のメンテナンスをします。前にも一回やっているんですけれど、ちょっと休もうかと」
――では、その後はどうなのでしょうか?
河本「今日発表するのですけれど、冬のツアーというのを今まで大々的にやったことがないので、本数は少ないのですけれど冬のミニツアーみたいな感じでやって、来年につないで行こうかと思います」
平松「もう来年は馬車馬のように歌いまくります(笑)」
――では、来年頑張られて、ひょっとしたらまた同じぐらいの季節に浜寺公園でっていうこともあるのでしょうか?
平松「そうですね。今回目標人数には全然達していなかったので、来年はリベンジをぜひしたいです」
河本「来年は少年野球の子らとかをもっともっと巻き込めるといいなと思います。音楽と野球の、夢を見るっていうことをコラボを出来れば、堺も盛り上がるし、浜寺公園さんも盛り上がると思っています」
――ありがとうございます。ぜひ、来年も堺にいらしてくださいね。


■ライブがはじまる
こうしてインタビューが終了しました。
しばらくして開場時間となり、すでに列をなして待っていたファンが会場に入ってきます。

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野球場は、すっかりとライブ会場へ様変わりしています。
物販スペースや、展示物などがあり、買い物や写真撮影をファンは楽しむことができます。
ステージはホームベースに向かって外野席側に作られ、観客席はマウンドを中心に配置されています。芸が細かいなと思ったのは、座席も一工夫があって、座席番号が三塁側と一塁側になっていることです。

ファンも、秋休のロゴが入ったユニフォームを着ていたり、メガホンを持つ姿が目につきます。なるほど、野球と音楽のコラボレーションです。

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▲2人のビッグサイズプリントなど記念撮影スポットも。


客席も埋まり、開演の時間となりました。ライブの始まりを告げるSEは、なんと野球場ではお馴染みのサイレンです。サイレンとともに、観客は笑顔に輝き、総立ちになります。

一体どんなライブとなったのか、その様子は後篇のレポートで。

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▲開演時間が近づいてきました。そろそろ席に戻る時間です。









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