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雑記帖 No.212

笑顔とお米の国の表通りと裏通り フィリピン紀行(3)

サンチャゴ要塞の地霊は囁き続ける

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堺市民にとっては、フィリピンというよりも「ルソン」という言葉の方が親しみがあるかもしれません。(呂宋の海へ(1)(2))400年もの昔に、堺の商人たちがアジアの海を渡ってたどり着いたフィリピン・ルソン島にあるマニラは、今どんなまちでどんな人々が暮らしていて、日本や堺のことをどう思っているのでしょうか。

マニラで開催された芸術祭マニラインターナショナルフリンジフェスティバルで、筆者はフィリピン演劇界の最重鎮で日本での公演経験もあるロディ・ベラさんとお会いすることができました。
ロディさんに、フィリピンに逃れた戦国時代のキリシタン武将高山右近の彫像があるという公園に行ってみようかと思うと、相談すると、
「あそこは小さな公園で車が周りを走っているぐらいだから行っても仕方ないよ。フィリピンの事を知りたいなら、サンチャゴ要塞に行くことをお薦めします」
とおっしゃいます。(前回までの記事(1)(2)

サンチャゴ要塞とは何か。
サンチャゴ要塞は、マニラの歴史的地区であるイントラムロス地区から海に突き出た突端に築かれた要塞です。
スペインに占領される1571年以前は、マニラはマイニラッド(ニラッドの生える場所)と呼ばれ、マレー系のタガログ語族が、中国系・イスラム系の人々と交易する場所で、すでに要塞化されていたとされます。
スペイン人が築いたオリジナルマニラとも言うべきイントラムロスとはスペイン語で「壁の内側」という意味で、当時近海を荒らしていた中国系海賊リム・ホアン(林鳳)の襲撃を防ぐために町全体を要塞化したのだそうです。
翌日、さっそくイントラムロス、そしてサンチャゴ要塞へ向かうことにしました。


■"観光地"サンチャゴ要塞へ
芸術祭が開催され宿泊したホテルのあるマカティ地区から、イントラムロス地区までは結構な距離があります。鉄道へのアクセスも悪いし、乗り合いバスはタガログ語じゃないと難しいとのことなので、フロントでUBERを呼んでもらうことにしました。
UBERはネットで利用客がアクセスすると登録されているドライバーの中から都合のつくドライバーと車が手配されてやってきて目的地まで連れて行ってくれるというもの。タクシーと違って予め運賃が提示されるのも安心です。日本では試験的に一部地域で導入されだだけですが、すでに多くの国で一般的になっています。もしUBERが日本で採用されることになると、タクシー業界は多くの顧客を奪われてしまうでしょう。

やってきたUBERの運転手さんと、あれこれおしゃべりしながら一時間ほどでイントラムロス地区のサンチャゴ要塞前に到着しました。車を降りた途端、客引きが声をかけてきて、いかにも観光地らしい空気が漂います。
「Hey ミスター。歩いて回ると大変だよ。僕のポルシェで回らないかい?」
見ると、サイドカーをつけた自転車タクシーでした。ポルシェはまたの機会にとお断りして、サンチャゴ要請のゲートに向かいます。要塞への入場料は75ペソ(約150円)。


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▲サンチャゴ要塞入り口。物売り、馬車、自転車タクシーの客引きが待ち構えています。


その日は、いいお天気だったこともあり、公園のようになっているサンチャゴ要塞は、のどかな空気が漂っています。
まずゲート近くにあった石造りの建物で、かって貯蔵庫として使われていたスペースに入ってみました。
日光は遮られ石に囲まれた空間はひんやりとしています。その広い空間の中央部分に何か妙なものが並んでいます。鳥かごの中に入れられた、壊れたオモチャや人形のようなもの。何かのオブジェだろうか? バラバラになった人形は子どもの死体のようで不気味です。
壁に掛けてある説明書きを見てこれが何かわかりました。
これなフィリピンのアーティストOCA VILLAMIELさんの作品でタイトルは「children of war」。OCAさんは、最終処分場やごみ捨て場から数年かけて人形を集めました。この作品によって、戦争の恐ろしさ、立ち退き、失われた純粋さを表現しているのだとか。


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▲ゴミ捨て場から集めた人形やおもちゃで制作した「children of war」(OCA VILLAMIEL)。


このサンチャゴ要塞で言及される「戦争」とは何か。ある一つの戦争が浮かび上がってきます。それは「マニラ市街戦(Battle of Manira)」。当時マニラを占領していた日本帝国軍とアメリカ軍との間で行われた市街戦です。

そして、これがロディさんが、「サンチャゴ要塞へ行くべき」といった理由の一つだと気づきました。戦時中、このサンチャゴ要塞は、日本帝国軍の収容所、基地として使用されていたのです。


■サンチャゴ要塞の地霊
1941年12月8日の真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争。日本帝国軍は当初から即座にアメリカの植民地となっていたフィリピンに侵攻する計画をたてており、12月22日にはルソン島に上陸し、1月2日にはマニラを占領します。この時のアメリカ軍の司令官はダグラス・マッカーサーで、彼の指揮によりフィリピン全土の占領まで日本帝国軍は予定の3倍以上の時間をかけさせられることになります。
フィリピン占領後、ゲリラが組織され、フィリピン人は日本帝国軍の支配に抵抗しました。このサンチャゴ要塞は収容所として使用され、捕虜は地下牢や水牢で多数殺害されたのでした。
400年の歴史が詰まったイントラムロス地区とサンチャゴ要塞ですが、その中でも最重要な歴史の一コマがこの時代でしょう。......少なくとも日本人にとっては。


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▲マニラビエンナーレ2018のバナー。パフォーマンス系の祭典であるフリンジフェスティバルと、現代アート系の祭典であるビエンナーレが同時期に行われていたなんて、アートファンには羨ましい状況です。


貯蔵庫を出て気づきました。アート作品は、この一作品だけではありませんでした。
よく見ると要塞の入り口などに「マニラビエンナーレ2018」のバナーが掲示されていたのです。ビエンナーレとは、2年に1度開催される現代アートの祭典のことです。日本では瀬戸内国際芸術祭(3年に1度開催)などが有名でしょう。
美術館やギャラリーから飛び出して、自然や街中にアートを持ち出した芸術祭で、ただ出来合いのアート作品を置くのではなく、土地の歴史や景観など土地の魂(地霊)と響きあうアート作品(そうでないものもありますが)が展示されることが特徴です。筆者はそうと知らずに「マニラビエンナーレ2018」開催中に、その会場に来てしまっていたのでした。

偶然に感謝しつつ、引き続き他のアートも見ていくことにしました。


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▲合成写真の作品「Parallel」(koloWn)


サンチャゴ要塞の敷地を奥へと進むと堀があり、その向こうに敷地を隔てる城壁と美しい装飾の城門があります。この城門は要塞の中でも現存する最古の建築物で、要塞のシンボル的な存在とされています。
その脇に、城門を写した写真が展示してありました。これもアート作品です。
アーティストはフィリピンのkoloWnさん。タイトルは「Parallel」。モノクロの合成写真で、城門とウルトラマンが写っています。コメントを読むと、
「パラレルワールドの第二次世界大戦。日本軍は巨大ロボットとウルトラマンを使った。フィリピンとアメリカに抵抗するために」
怪獣や宇宙人の侵略から地球を守ってくれるウルトラマンが、ここでは逆転して日本帝国軍と共にフィリピンを侵略する手先になっている。ただ一枚の写真でしたが、それは強烈なメッセージを持った作品として、鑑賞者の心に突き刺さるものでした。


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▲地下牢から囁きが聞こえる「Masamang Loob」(GAIL VICENTE、MARIJA VICENTE、TANYA VILLANUEVA)。


城門をくぐり先へ進むと、今度は地下牢の入り口にたどり着きます。
ここにもアート作品がありました。ただし、目に見える作品ではありません。
アーティストはGAIL VICENTE、MARIJA VICENTE、TANYA VILLANUEVAの連名。作品タイトルは「Masamang Loob」。これはタガログ語で、どうやら直訳すると「悪い内側」とでもなるようです。
地下牢の奥は暗く何も見えないのですが、耳を澄ますと何かが聞こえてきます。それは誰かの呟きやうめき声のようです。空は快晴の青空、強い日差しが照り付けますが、穴の底からは呟き声と一緒に地下からの冷たい風が吹きあがってきます。日本帝国軍によって、囚われ殺されたフィリピン人たちの魂を吹き付けられたようで、体の芯から震えるような思いをしたアートでした。死者は消え去らず、彼らの記憶・言葉に、私たちは耳を傾けなければならないのだと。
アートは記憶装置となって、死者から生者へと記憶は受け継がれる。そんな役割を果たしていたのです。

このビエンナーレでは、現在のフィリピンで行われている内戦をテーマにしたものや、都市環境をテーマにしたものもありましたが、圧倒的多くは日本占領時代をテーマにしたものでした。そして、アート以外にも、またサンチャゴ要塞以外にも、記憶装置は数多く存在していたのでした。
次回は、様々な記憶装置と、日本占領時代を終焉させた「マニラ市街戦」を紹介し、今回の旅で見たフィリピンについて総括します。

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