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雑記帖 No.152

本物に触れる空間と時間 堺の親子狂言教室(2)

子どもたちに能楽体験を

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堺区大浜公園にほど近くにある堺能楽会館では、大和座狂言事務所による「堺の親子狂言教室」が開催されました。前篇では、第一部のお稽古と、第二部の子どもたちによる狂言「菌(くさびら)」の上演の様子をレポートしました。それは楽しい喜劇であるだけでなく、良く練られた演出によって鋭い風刺を内にくるんだものでした。
続いては、第三部の狂言師による「附子(ぶす)」の上演と、それに先立っての歌唱演習の様子からお届けします。


■東西を越えて響きあう古典

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▲安東伸元先生の歌唱演習。

第三部の準備を整える十数分の間、歌唱演習がありました。先生は、大和座の代表・安東伸元さん。生徒は、これまで舞台を見守っていた客席の観客たち全員です。
先生が台を叩いて節をとり、配られたプリントの歌詞を見ながら観客は声をあげます。歌うは「雪山」。
先生の歌声が能楽堂に響きます。
「春ごとに 君を祝いて若菜摘む わが衣手に降る雪を 払わじ払わで......」
歌詞の横にある記号はゴマブシという、数百年の伝統がある日本の楽譜です。
「これは毎晩、皆さんが歌われている歌と同じです」
先生は、小さなお子様連れのお母さんに語りかけます。そうして歌ったのは、
「ねーむれ、ねーむれ、ははのむねーに」
聞きなれた子守歌でした。そして、さらに同じ節で先生は詠唱をはじめます。
「あーあーあー、あぁあぁー」
驚いたことに、それは讃美歌「アメージンググレース」でした。「アメージンググレース」は、作曲は不明ですが、作詞は元奴隷商だったイギリス人の牧師ジョン・ニュートンによるもので、多くのアーティストがカヴァーしており日本でも人気の高い楽曲です。
数百年前の日本の楽譜で歌われる節で、私たちはイギリスで生まれ、アメリカでは第二の国歌と呼ばれるほど愛唱される歌を歌うことができる。古典にもなる素晴らしい作品は、時代も空間も空間も越えて響きあうことを教えてくれます。
「歌が今日のお土産です」
と先生は言ったのですが、芸術の懐の深さを教わった、めったにない体験でした。

更に先生は言います。
「親子狂言教室のような、子どもに狂言を教える、こうした機会も増えました。しかし伝統だから大切なのではなく、子どもたちが経験することが大切なのです」
子どもたち演じることを体験し、客席の大人たちも歌を体験しました。そして、次はいよいよ狂言「附子」を鑑賞します。


■第三部 狂言「附子(ぶす)」
タイトルになっている「附子(ぶす)」とは聞きなれない言葉ですが、猛毒のトリカブトのことです。
お芝居の登場人物は三人。主人と従者の太郎冠者と次郎冠者です。ある日、主人が出かけることになるのですが、いつもと違って従者を2人とも残して出かけることになります。その際、主人は「吹いてきた風にあたるだけで死んでしまう」附子を残していくから気を付けるようにと言い残して去っていきます。

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▲「扇げ扇げ」と扇子で風を送りながら、危険な附子に近づく。


残された太郎冠者と次郎冠者の2人は、かづら桶の中の附子が気になって仕方がありません。太郎冠者が、あのかづら桶の中を覗いてみようと言い出します。吹いてきた風を浴びるだけで死んでしまう附子ですからとても危ない行為です。太郎冠者は次郎冠者に後ろから扇で仰いで向かい風で毒風に対抗するように頼みます。
「扇げ、扇げ」「扇ぐぞ、扇ぐぞ」とコミカルなやり取りと仕草でおっかなびっくりかづら桶に近づくと、紐を解いて逃げ出します。
再び「扇げ、扇げ」「扇ぐぞ、扇ぐぞ」と近づいては蓋を取って逃げ出し、また近づいては中を覗き込むといった具合に、繰り返しながらお話は進みます。何度も繰り返しようやく蓋を開けて中をのぞき込むことに成功すると、中にあったのは何かねっとりとした物体。すると太郎冠者はとんでもないことを言い出します。
「なにやら美味そうだ。あれを食べてみようと思う」


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▲水あめを食べてしまったことの言い訳のために太郎冠者がやったことは......。

すでに、あるいは当初から、観客は主人が残していったかづら桶の中身が毒でないことはわかりきっています。
次郎冠者が止めるのも聞かずに、太郎冠者が附子を食べると、それは案の定甘い水あめでした。主人は留守中に勝手に水あめを食べられないようについたウソが裏目に出たのです。太郎冠者と次郎冠者は争って、水あめを食べ続けます。むろん実際には小道具のかづら桶の中はからっぽですから、それをいかにも本当に水あめがあって夢中になって美味しそうに食べるかの演技は、それまでの大仰なシーンを受け、お芝居の後半の展開につなげるためにも大切なもの。前半の隠れた見どころです。

つい夢中になって水あめを全部食べてしまった太郎冠者と次郎冠者が、さてどうやってことの始末をつけるのか、というのが後半の見どころです。太郎冠者は驚きのアイディアでこれを乗り越えようとします。前半に輪を掛けてエスカレーションしていく展開は、ストーリーテリングの面白さと演技の面白さが融合したお芝居だからこその面白さでした。

こうして「附子」の上演も終了し、堺の親子狂言教室は終了しました。プログラムが終わった後、舞台に残った安東元さんに見学していたお子さんが近付いてきました。別の講座で狂言修行中らしく、安東さんに自分の舞台で起きた小さなトラブルをどうやって回避したか、今度どんな役をするのか、そんなことを熱心に話しかけていました。


■もっと本物に触れる経験を
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▲安東伸元さんに楽屋でお話を伺いました。


終演後、安東伸元さんと、安東元さんに、楽屋でお話を伺うことができました。
......子どもたちに経験をさせることが大切とおっしゃっていたことが印象に残っています。と、安東伸元さんに問いかけると、
「さきほどもいいましたが、最近は小中学生を対象にした能楽体験が増えています。今までは小学生にわかるわけがないなんて言われていましたが、そんなことはない。小学生低学年の子でもしっかりしたものを見せておけばいい。子どもたちの中に、経験が生きてくるはずです」
確かに、この日も客席から舞台を見上げる子どもたちは前のめりになって集中しているようでした。
「そういうところにやっと文科省も気づいたのでしょう。今や、これだけ洋楽(西洋音楽)に席捲されていてもう遅い、何をいまさらという気持ちもあるのですが、でもせんわけにはいきませんからね」
そう淡々と語る伸元さんですが、今日は日本の伝統の楽譜が、そのまま讃美歌に繋がることを私たちの身体で体験させてくれました。時代と空間を越える本物を子どもや大人が経験することは、きっと無駄にはならないはずです。
大和座は、これまでも堺能楽会館の館主・大澤徳平さんと縁があり、堺では鳳南小学校や大浜中学校の学校行事で能楽イベントに携わっていたそうです。
「これだけ素晴らしい能楽堂なのだから、堺市の教育委員会ももっと子どもたちに見せてあげるようにしてほしいですね」
この意見に、まったく同意です。

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▲「附子」を見る子どもたちは集中していました。


今回、お稽古に舞台にとイベントをリードした安東元さんによると、今後は堺能楽会館を活用する機会は増えるようです。
「これから堺能楽会館では2か月に一度、市民なんでも講座を開催します。これは和文化、伝統芸能に関する大人向けの講座です」
それだけではありません。この11月には、昨年現代アートの芸術祭「堺アルテポルト黄金芸術祭」を開催した堺アートプロジェクトの主催で、ちょっと特殊な形で「萩大名」を上演します。これは同じ「萩大名」の演目を現代劇と古典劇の二つのスタイルで上演するという試みです。もちろん大和座は古典劇を担当し、現代劇は「堺アルテポルト黄金芸術祭」でも活躍した劇団GUMBOが担当します。堺での上演後二年連続アメリカのフェスティバルで最優秀賞を受賞した劇団GUMBOの堺凱旋です。これも子どもたちが能舞台で本物の芸術に触れる機会でしょう。
伝統だからではなく、本物だから触れてみよう。そんな機会が、これから堺能楽会館では目白押しになりそうです。



堺能楽会館
住所 大阪府堺市堺区大浜北町3-4-7-100
最寄り駅 南海本線:堺駅
電話 0722-35-0305

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