| トップページ |
雑記帖 No.130

古墳への扉を開けてみよう(1) 

二つの古墳群の謎

17_06_24_kofun01_00_face01.jpg
大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)に隣接し、百舌鳥古墳群に囲まれた堺市博物館で、古墳をテーマにした企画展「シークレット・オブ・KOFUN」が開催されます。百舌鳥・古市古墳群のユネスコ世界遺産登録は堺市も力を入れているところ。
「子供向けの企画もありますが、古墳を知らない人向けにも、古墳だけでなく古墳時代そのものも知ってもらう企画展になっています」
今回の企画を担当される学芸員の橘泉さんから、開催を前に企画の狙いをお聞きすることができました。すると企画展のことだけではなく、古墳とは、古墳時代とは何かについて触れることができました。


■二つの古墳群
百舌鳥古墳群と古市古墳群の2つの古墳群とは、一体どんなものなのでしょうか?
「百舌鳥の4キロ四方の範囲に存在する古墳のことを百舌鳥古墳群。古市古墳群も古市の4キロ四方の範囲に存在する古墳群のことを指します」
2つの古墳群の作られた時期は5世紀から6世紀とほぼ同時期です。大型の古墳が登場して、それが次第に登場しなくなる頃までの大体100年間ぐらいの時期に築造年代は集中しています。
「中区や南区には別の古墳群もありますし、美原区の黒姫山古墳は独立している古墳です。また百舌鳥古墳群の範囲の中にも、新しい時代の古墳もあります」
「古墳群」とは何かの定義も色々ですが、ここでは大体同じ地域にある、似たような時代の古墳をざっくりひとくくりにしてしているものを「古墳群」とするとしておきましょう。

17_06_24_kofun01_01_kofun01.jpg
▲最大の古墳・大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)は、強大な王権が存在したことの証なのでしょうか。


では、百舌鳥と古市の二つの古墳群の違いとはどのようなものなのでしょうか?
「ほぼ同時代ですが、古市の方がやや早くはじまって、遅く終わります。そして大きな古墳が、百舌鳥と古市で交互に造られているんです。なぜ交互に造られているのか、いろんな説があります。集団が違うという説もあれば、王権の流れが違うという説もある。面白いのは聖俗二重王権説ですね。(宗教的な王と世俗的な王が)両古墳群にという説です」
耳慣れない説ですが、聖俗二重王権説はなかなかロマンチックですね。
「二つの古墳群の違いもあります。古市の古墳は四角い方墳が多いのに対して、百舌鳥は丸い円墳が多いんです。消失してしまった古墳もあるので、当初からどうだったか正確にはわかりませんが、現存する古墳でもかなり違いがあります」
二つの古墳群で、なぜ形状の傾向が違うのか、その理由はわかっていません。

17_06_24_kofun01_01_kofun02.jpg
▲前方後円墳立体模型。古墳の周囲に埴輪は並べられていたようだ。側面には造り出し。(写真:堺市博物館)


なぜわからないのかというと、1つには調査がまだまだ進んでいないこともあります。
「古市古墳群は比較的発掘調査が進んでいるのですが、百舌鳥古墳群はあまり発掘調査が進んでいないのです」
なぜ百舌鳥古墳群では調査されていなかったのでしょうか?
「堺市の場合は、堺環濠都市遺跡内の調査が多かったのが1つの原因です。もうひとつは発掘するということは古墳を壊してしまうことになるからです。技術が発達してきて、掘らなくてもわかることが増えてきましたが、今でも掘らないとわからないことはあります。だからその折り合いは大事ですし、できれば残しておいて、将来更に進んだ技術が開発されるのを待っている所もあります」
それでも堺市でも調査が進められている古墳もあり、今回も「シークレット・オブKOFUN」と時期を合わせて堺市文化財課による寺山南山古墳の発掘調査の報告展も開催されます。この発掘調査は昨年行われたばかりでした。


■最新の発掘調査

17_06_24_kofun01_02_haniwa01.jpg
▲堺市博物館では埴輪の展示も充実。


「発掘されて出てきてくっつけたばかりのものを持ってきましたというぐらい、出来立てほやほやの速報展です」
寺山南山古墳は堺市西区にあり、大仙公園の南、履中天皇陵との間に挟まれたエリアにあります。
百舌鳥古墳群に多い円墳ではなく四角い方墳なのですが、今回の調査で真四角でないことがわかりました。
「古墳にでっぱりがあることがわかったんです。前方後円墳だと側面にある『造り出し』と呼ばれる部分です。5世紀の前ぐらいから出来るもので、円墳につく場合もあるようですね」
この場所は一体なんのために使われていたのでしょうか? 宗教儀礼のための場所という説がありますが、今回の発掘調査でもひょっとしたらそれを裏付けるかもしれない埴輪が発見されています。
「家屋の埴輪が発掘されたのですが、塀に囲まれた家なんです。これは祀りを行った建物を表しているのではないかと言われている形です」
この建物の埴輪は、企画展とは離れた常設展の方に置かれるとのこと。この土からでてきたばかりの真新しい埴輪をはじめとした発掘の成果はどう展示されるのでしょうか。

〒590-0802 
大阪府堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 
電話:072-245-6201 ファックス:072-245-6263

(後篇へ)

17_07_22_kofun01.jpg

17_07_22_kofun02.jpg

検索

カテゴリ

2017年7月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

お気に入りに追加

堺「意外史」探訪
| トップページ |