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雑記帖 No.077

三好長慶公坐像 南宗寺に建立!!

「堺・ちくちく会」の念願叶う

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"戦国天下人三好長慶"の坐像をゆかりの深い南宗寺にと、『堺・ちくちく会』が中心になって寄付を集め、目標としていた座像建立がついに成就します。畿内を抑えて天下人への階段を昇り、堺の発展にも大きく寄与した武将にして文化人・三好長慶がようやく脚光を浴びようとしているのです。
2014年7月6日の坐像建立除幕式は晴天にも恵まれ、多くの堺市民がかけつけました。

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▲南宗寺の境内に人が溢れ、メディアの姿もありました。 ▲イラストレーターの山本ゾンビさんデザインの記念のTシャツ販売も。飯盛山城は三好長慶の居城のひとつ。大東市/四条畷市にあります。

■感無量の除幕式
列席者は堺外からも三好家ゆかりの人々が集まっています。三好一族を代表して三好正之さん、それにまだ初々しい16代当主の姿。「三好長慶会」からは著書も多い出水康生さん。居城・芥川城のあった高槻からは「三好芥川城の会」の大和實さん、「徳島県人会近畿連合会」からは木岡清さん。
堺市からも狭間副市長をはじめ、作者である彫刻家の岡本哲伸さん、「堺観光コンベンション協会」、「堺観光ボランティア協会」「少林寺校区自治連合会」の方々の姿がありました。

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▲甘露門を背に三好家や堺のゆかりの列席者。

長年地道な努力を積み重ねてきた「堺・ちくちく会」の代表世話人・竹内魁成さんが主催者挨拶でマイクを握りました。
「老師様のお許しをいただいて、重要文化財の甘露門の前に三好長慶公の坐像を建立することができました。おかげでお布施をさせていただき、徳を積ませていただきました」
と、竹内さんは感謝の言葉を述べます。「堺・ちくちく会」は大きな団体や企業に頼るのではなく、あくまでも市民たちの有志による建立を目指し、粘り強い周知活動をしてきました。
「450名からの寄付により建立することが出来ました。6月までに寄付していただいた方のお名前は坐像台座の後ろのパネルに刻まれています。6月以降に寄付された方のお名前は年末までお待ちください」
三好長慶公の坐像建立は「堺・ちくちく会」にとっては通過点で活動はこれからも続きますが、大きな節目であることは確かでした。竹内さんは清々しくあいさつを締めました。
「ごきげんよう。さようなら」

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▲「堺・ちくちく会」の竹内さんはずっと満面の笑みでした。

そしていよいよ除幕式です。
晴れ晴れしい顔の列席者が揃って幕を引き、ついに三好長慶公が姿を現しました。
京都と堺に残っていた肖像画をもとにした、凛々しくも知性の感じられる顔立ち。武人であると同時に文人でもある最初の戦国天下人・三好長慶がこうして蘇ったのです。

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▲凛々しい姿を見せた三好長慶公に入魂式。

長慶公の前で「堺・ちくちく会」の世話人・崎田公明さんから、南宗寺の住職・田島碩應老師に目録の贈呈が行われると、入魂式が始まります。
田島老師の、献茶・廻向読経が滞りなく行われました。

田島老師は坐像建立の経緯や意義について語られました。
「三好長慶公坐像の建立は私によるものではありません。堺市民、『堺・ちくちく会』が先頭をきって活動した結果です。先頭しかいませんでしたが」
道なき道を切り開いてきた「堺・ちくちく会」の活動を冗談まじりに讃える言葉に笑いが起きます。
「三好長慶は文人にして武人であると同時に宗教人でもありました。寺社勢力と結びつきの強かった三好長慶を、徳川は一番嫌っていた」
だから徳川氏が天下を制した江戸時代に、三好の業績は不当な扱いを受けていたのではないか。しかし三好長慶のお蔭で茶道が発達した事実は覆すことはできません。
「もし、堺に茶道がなかったら、堺は味気ない町だったでしょう。茶道は他の町で発達したかもしれませんが、今の堺と違う形だっただろうと思うと鳥肌が立ちます」

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▲南宗寺のご住職、田島老師。


■すずめ踊りと阿波踊りの競演!
除幕式会場の境内に賑やかなお囃子が鳴り響きました。
現れ出たのは少林寺町の「堺のすずめ踊り 仲囲巣連」の舞手たち。おそろいのハッピにメリハリのきいた動き。
舞いの奉納が始まりました。

すずめ踊りは、江戸時代初期に伊達政宗が仙台城を改修する際に、連れて行った堺の石工たちが祝いの席で踊ったのがはじまりとされています。近年、堺に里帰りをし、数多くの連が生まれました。その中で仲囲巣連が祝いの席で舞ったのにもわけがあります。
仙台へ向かったのは仲囲巣連のある少林寺町付近に住んでいた石工で、その石工も元々は阿波(徳島)と縁のある石工ではないかという説があるのです。
三好氏は堺の発展に大いに寄与したわけですから、そんなつながりがあってもおかしくありません。阿波踊りとすずめ踊りの間にも三好を媒介にDNAが伝承されているのかもしれません。

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▲キレのある「仲囲巣連」のすずめ踊り。


と、すずめ踊りに続いて石畳の向こうから阿波踊り「南大阪連」の皆さんの登場です。すずめを模した瑞々しさのあるすずめ踊りに対して、阿波踊りは熟成した優雅さを感じさせられるでしょうか。
なんとも心浮き立つお囃子に踊り。三好一族代表の三好正之さんや、竹内さんらもたまらずにその場で踊りだしました。

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▲貫録の「南大阪連」の阿波踊り。


■堺の新パワースポットに
賑やかな踊り手たちが行き過ぎると、「お拭い」が行われました。
田島老師が入魂された三好長慶像を布でぬぐいます。
「みなさんもどうぞ。体の悪い所と同じ所を拭うと良いですよ」
三好長慶の力にあやかろうと布を片手にした列ができます。堺の新たなパワースポットの誕生です。

除幕式を終えられた方々にお話を伺いました。田島老師は、気さくにコメントをくださいました。
「堺の文化的発祥はあの時代です。『堺・ちくちく会』は実にいいところに目をつけたと思います。これで終わりではなく、これから第二幕がはじまるのです。今日は、徳島と堺市が一緒になった。輪になったことが良かったですね」

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▲「お拭い」をする「三好長慶会」の吉成さん。

徳島から参加の吉成昌彦さんは、三好本の著者出水さんと共に「三好長慶会」に参加して15年にもなるそうです。
「15年間、この日が来るのを楽しみに待ち続けてきました。三好長慶公の坐像第一号がようやく出来ました。それも重要文化財の目の前に出来るなんて」
と感慨もひとしおのようでした。
大阪の高槻「三好芥川城の会」の秋田さんは、
「こんな立派な坐像が出来るなんて、さすが堺ですね」
と感心しきり。長慶が息子に譲った芥川城のある高槻にも続いてもらわねばならないでしょう。

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▲「三好芥川城の会」の秋田さん。

堺市の副市長・狭間恵三子さんも大きな期待を寄せていました。
「三好長慶という人を堺の人や堺の子ども達にもっと知って欲しいですね。三好長慶坐像の建立を、堺幕府や南宗寺の成り立ちを知るきっかけにして、450年の歴史のゆかりや色んな堺の魅力を発信していければと思います」

三好長慶の残した文化遺産は、目に見えないものも含めて堺という町の血肉になっており、またその後の日本に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。その業績に比べて注目度は低いものでしたが、歴史上での再評価を堺からはじめていく。その第一歩となる坐像建立だったのではないでしょうか。
「三好三代の坐像をそれぞれゆかりの堺のお寺に置くことで、堺のお寺さんをつなぎ、堺の活性化への礎にしたい」
という「堺・ちくちく会」の更に大きな夢への第一歩でもありました。


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▲狭間副市長(左)。これからは堺幕府のPRも!


堺ちくちく会
TEL:072-268-2314 begin_of_the_skype_highlighting  072-268-2314 無料  end_of_the_skype_highlighting 
fax:072-296-2314

ちくちく会 世話人・相良雅弘(さがら まさひろ)


南宗寺
堺市堺区南旅篭町東3丁-1-2
072-232-1654
営業時間:拝観時間:9:00~16:00
拝観料:大人400円、中人300円、小人200円
アクセス:阪堺線「御陵前」電停 下車
駐車場:30台(無料)

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