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雑記帖 No.084

ミュージカルで戦国を生き抜いた女性の生涯を描く

「ジュリアおたあ」堺公演

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堺に生まれた戦国武将小西行長の養女を主人公にした「劇団わらび座」のミュージカル「ジュリアおたあ」が堺にやってきました。
「つーる・ど・堺」では、公演におたあ役の碓井涼子さんへのインタビューを掲載しました。行長の故郷の堺公演は、さてどんな様子だったのでしょうか? 


■故郷を失ったものたちの物語
客席の照明が落とされ、真っ暗闇になった舞台。その闇の向こうから次第に流れ届いてきたのは、「おたあ」の名を呼ぶ詠唱めいた歌声。舞台が照らされるにつれ見えてきたもの、それは戦争の終結と平和の訪れを喜ぶ民の喜びの歌声でした。

第一幕の舞台は、小西行長の領地であった宇土(今の熊本県宇土市)。豊臣秀吉の死によって朝鮮出兵が終わり、重苦しい空気から解放される中、小西行長の養女おたあは領民に慕われ暮らしていました。尊敬できる養父母の愛情を受けて育つおたあ。

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▲養母ジェスタから薬草について教わるおたあ。

しかし、おたあが夜の夢に見るのは、朝鮮の家庭。
「オモニー! アボジー!」
父母を呼ぶのは幼き日のおたあ。おたあは朝鮮の生まれだったのです。
この夢は血と炎の紅に染まります。豊臣軍の出兵により、村は戦場となったのです。おたあの父母も殺され、孤児となったおたあを小西行長が救い養女とします。
「女子供には手をかけるな!」
キリシタンの小西行長は無益な殺生を好まぬ武将でした。もとは堺の薬問屋の商人で、薬草の知識を使って負傷兵の手当てをし、その知識はおたあにも受け継がせます。それは、戦ではなく対話で世界と交易していきたいという夢があったから。
行長の夢は朗々と歌われ、客席からは最初の大きな拍手が沸き上がります。

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▲戦場の悪夢に悩まされるおたあ。

ミュージカルの歌の持つ力を感じた時でした。終演後、行長役の尾樽部和大さんにお話を伺った所、歌は悩み苦心しているのだと意外な言葉。
「ただセリフをぽんぽん言えばいいというのなら簡単ですが、説得力をどうもたせるのかが難しいんです」
歌にするから伝わるものがある。役者もそのために心血を注ぎ、苦悩もするのでしょう。

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▲行長、おたあが平和に世界と交流する夢を熱唱。


さて物語は、この宇土でのもう一人重要な人物との出会いが語られます。それは、おたあと同じ朝鮮半島出身で親を失い、日本に連れてこられ貧しく奴隷さながらの生き方をしている捨吉です。捨吉は祖国の言葉を知らないおたあを「裏切り者」と呼び、
「お前のような奴を許さない!」
と断罪します。

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▲おたあに向け怒りを爆発させる捨吉。

おたあと捨吉。この故郷を失った二人の苦悩や葛藤が軸となって物語が進みます。
弱者への重いくびきや運命のもたらす悲劇が描かれる怒涛の展開に、コミカルなシーンや恋というよりはロマンスを交え、第2幕そしてクライマックスへ。
途中休憩を挟んで2時間弱の公演は長さを感じさせない密度で終演。拍手の中カーテンコールとなりました。


■バックヤードツアーへ
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▲紫のおたあ草と舞台監督さん。

公演終了後、希望者を対象にバックヤードツアーが行われました。
お芝居の熱気が程よく冷めた頃、舞台監督さんが登場。
まずは劇中で重要な役割をはたした薬草「おたあ草」について。
「実際には『おたあ草』という花はないので、スタッフと一緒にどんな花だろうと考えて作ったんです」
舞台の両脇を彩る「おたあ草」を100本以上作ったそうです。
そして、大がかりな舞台装置の解説。
「このスクリーンははじめて使う装置なんです」
畳何枚分にもなりそうなスクリーンは、可動式のものと移動式のものが何枚もあります。これを自在に動かしたり、照明でステンドグラスや海の景色を投影したり、影絵を効果的に使うこともありました。
「ジュリアおたあ」では、シンプルな装置をうまく使い多彩な表現の舞台を作っており、3人の大道具さんで見事に舞台の模様替えをしていたことに驚かされます。

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▲スクリーンに照明を組み合わせ様々な表現が出来る。

「ミュージカルなので音楽も多かったのですが、M27、つまり27曲の音楽が使われていました。音響担当は二人の女性です」
客席の更に背後の音響席にいた二人が手を振り、客席から拍手が送られます。
大道具、照明、音響といった裏方の目につかない活躍を知ることが出来る機会は貴重でした。

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▲役者さんが登場。

そして、小西行長役の尾樽部和大さんと捨吉役の平野進一さんの二人の役者さんの登場です。
「小西行長という名前は聞いたことはあったけれど、どういう人かは知りませんでした。昨日は堺に来てお休みだったので、菅原神社にいって行長の手植えの松の木を見たり、『スーパー玉出』の横にある小西行長屋敷跡の石碑を見て『ん、これだけか』と(笑) 堺の町を歩きまして行長に思いをはせました」
尾樽部さんは行長が処刑された六条河原にも行き、多くの文献も読まれたそうです。
平野さんは、「ジュリアおたあ」の最初の公演についての思い出を語りました。
「はじめての公演は関西の学校公演だったんですが、アンケートの反応が良くて、質問にも驚かされました。『捨吉のお墓はどこに作られたんですか』『花は咲いたんでしょうか』『私だったらこうした』と、思いやりの心が若い子には育っているんだと思いました。『よしこれならいける』と感じました」

バックヤードツアーでもお二人に質問が。
「苦手なこと、困ったことは?」という質問には、尾樽部さんは歌うことの難しさについて。
「関ヶ原のシーンでは裏切りに会うんですが、あの短い中でどう表現するのかが難しかったですね」
平野さんは、脚本家の鈴木ひがしさんとのエピソードを披露。
「役者の気持ちを良く汲んでくれる方で、打合せした結果、しっかり覚えたセリフだったのに『あれは無い方がいいね』とカットになったりしたんです」

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▲小西行長の本を読み込み、ゆかりの地も訪れる尾樽部さん。

またお芝居ではキリスト教の信仰が重要なファクターとなっていましたが、カトリック信者のお客様から、「キリスト教の信仰理解は難しくなかったですか?」という質問。
尾樽部さんは、聖書をはじめて読み、根っからのキリスト教徒でなかった小西行長が朝鮮出兵などを経て、信仰を深めていくことに思いをはせたそうです。そのあまり、
「舞台『ジーザス・クライスト・スーパースター』のジーザスが夢の中に何度も出てきました」
平野さんは舞台「天草四郎」の時にも、しいたげられた庶民のことを考えたそうです。棄教か死かを迫られても生き方を貫いた人々、捨吉はキリスト教徒ではありませんが、貫いた生は感銘を受けるものでした。客席からの最後の質問では、
「捨吉の最後のセリフがかっこよかった! もう一度言ってください」
というリクエストが!?
平野さんは少し照れながら、捨吉やおたあの関係や彼らのような存在が今の私たちの社会にも多いことに触れます。
「福島もそうですが、故郷を無くした人間は少なくありません。在日の方も沢山いますし、日本にも様々な形で故郷を失った人がいます。また故郷を失ったわけではないけれど苦難を抱えている人たちもいます」
「ジュリアおたあ」には、そんな中でこの国に故郷を作っていくというメッセージがこめられています。
「ここで生きるしかないと覚悟を決める。でも、もしかして捨吉も覚悟を決めていなかったかもと思うんです。でもお互いがいるから支え合って生きていけるんじゃないか」
なお、最後のセリフは「勘弁してください」とのこと。

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▲「わらび座は文化的な面だけでなく社会的な題材も取り上げる」と捨吉役の平野さん。

「ジュリアおたあ」はまだ7回目の公演ということですが、これだけ熱心なスタッフや役者さんたちが取り組んでいるのですから、更に充実した作品に育っていくのではないでしょうか。
小西行長の尾樽部さんは、「『ジュリアおたあ』が再演できるかはわかりませんが、また堺に帰ってきたい」とおっしゃっていましたが、ぜひ小西行長と『ジュリアおたあ』で堺に錦を飾ってほしいと思います。



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