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雑記帖 No.052

復活の堺かるた

かるたが未来へ繋ぐ地域の遺産

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▲2013年12月に行われた北ブロック大会の様子。(写真提供:堺フェニックスロータリークラブ)

「信長をおそれぬ意気の会合衆」
堺で小学生時代を過ごした、今30代から40代ぐらいの方なら1枚ぐらいは読み札を覚えているのではないでしょうか? 「堺かるた」は昭和51年に作られた、堺のご当地かるた。堺の小学校でさかんに行われていましたが、いつしか廃れてしまっていました。

そんな堺かるたが、2013年に復刻され、150人の小学生を集める大きな大会が開かれました。いったいどんな経緯があったのでしょうか?


■「堺かるた」復刻で文化教育に貢献
「堺かるた」復活に一役買ったのは、堺市こども会育成協議会で役員を務める勝間靖彦さん。
「もとの発想は『体育中心の活動』からの脱却なのです」
こども会では、ソフトボールやポートボールなど体育中心の活動を行ってきました。
「近年は野球やサッカーのクラブチームも沢山できて、体育会的な部分はもう十分ではないか? という意見が出てきました。一方で文化的な部分は足りていないと考えたのです」
そこで勝間さんたちが目をつけたのが、存在自体が忘れられつつあった「堺かるた」だったのです。
「『堺かるた』を遊ぶことで、子供たちが将来堺に興味をもってくれるはず」
堺かるたには、堺の史跡が多く取り上げられています。子供たちが堺の地理や歴史に親しむには丁度いい教材でした。

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▲復刻した「堺かるた」(右)と、かつて作られた「続堺かるた」(左)。「堺かるた」を制作したのは、国語の先生だった別所やそじさんという方でした。「続は少し大人向け。小学校高学年に丁度いいのでは?」


しかし、肝心の「堺かるた」は簡単には手に入らなくなっています。
そこで、こども会の役員だけでなく、ロータリークラブのメンバーでもあった勝間さんが、両者を繋ぎます。
「私が所属した『堺北西南西ロータリークラブ』が設立20年でしたので、20周年事業として『堺かるた』を復刻することにしたのです」
原版を忠実に復刻した「堺かるた」1000セットをこども会へ寄贈。そして「堺かるた大会」を開催することにしたのです。

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▲勝間靖彦さん。


勝間さんは、「堺かるた」を復刻するにあたって、発行元だった「はとぶえ会」の事務局に許可をもとめて連絡をとりました。

「はとぶえ会」は、児童文化誌「はとぶえ」を昭和26年から今にいたるまで発行し続けています。「堺かるた」も「はとぶえ会」の発行でした。
堺区の安井小学校の事務局には、「堺かるた大会」のカップまであったそうです。
「カップを使いますかと勧められたのですが、継続して大会を続けるかどうかわからなかったので遠慮したんです」


こうして、2013年2月16日に堺区の熊野小学校にて、「堺かるた大会」が開催されました。
「1チーム3人で50組、150名の定員で募集しました。堺区からの応募が多かったですね」

盛況だった「堺かるた大会」でしたが、第2回を開催することは困難でした。20周年を迎えた「堺北西南西ロータリークラブ」が、この事業を最後に解散したのです。
せっかく灯された「堺かるた」は、風前の灯火となったのです。


■堺かるた大会の発展を目指し
しかし、困っていた勝間さんに助け舟が出されます。
「堺フェニックスロータリークラブ」が、事業の引き継ぎに手を挙げたのです。

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▲中井昭宏さん。

「ソフトボール大会の運営など、数多くのプロジェクトで堺フェニックスロータリークラブは実績がありました」
「堺フェニックスロータリークラブ」の会長・中井昭宏さんは、内科のお医者さんでもあり、成長期の子供の食事には気を使っていました。
「ソフトボール大会でも、豚汁を用意して中休みに食べてもらうんです。250名参加の大会に500食用意したのに綺麗になくなりましたよ」
1人で四杯も食べた強者もいたとか。

「堺かるた大会も冬の体育館の開催で、体が冷えますから、暖かい豚汁を用意する予定です」
「堺フェニックスロータリークラブ」は女性や若いメンバーが多く、食事の準備や、フットワークの軽い行動が持ち味で、様々なプロジェクトを組みやすいのです。

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▲2013年、12月に北ブロックの大会が金岡南小学校で開催されました。(写真提供:堺フェニックスロータリークラブ) ▲ルールブックも含めて忠実に復刻。ルールはよく考えられた凝ったものです。(写真提供:堺フェニックスロータリークラブ)

「取り組んでいるプロジェクトは多すぎるぐらいなのですが、地域の方が待っているので減らせません」
心を込めているプロジェクトとして、「堺かるた」にも取り組むことにしました。中井さんたちも、勝間さんたちと同様、「堺かるた」に特別な価値を見出したのです。

「うちのクラブの会員も『堺かるた』で育ったものが多いんです。外から来たお客様に堺を案内するときも、『堺かるた』で知った場所で馴染みのあることが多いんです。みんなの思いに残っているんです」
今はただの遊びでも、「堺かるた」をすることが、将来必ず役に立ち意味が出てくるはず。
「今の子供たちは、堺のあちこちを見に行っていないし、かるたの意味もよく分かっていないことが多いんです。学校ではぜひ一歩踏み込んでかるたの内容を教えて欲しいと要望を伝えています」

「堺の人は、なぜか堺のことを大好きな人が多い」などとよく言われます。その原因の少なくない部分をになっていたのは「堺かるた」だったのかもしれません。
「堺かるた」が時を経て復活し、郷土を愛する子供たちが増えていくのではないでしょうか。


堺フェニックスロータリー





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