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颯爽人 No.071

堺市博物館館長 須藤健一(3) 星の航海師

市民が文化を創り出す場としての博物館

堺市博物館前で須藤健一館長

須藤健一
profile
堺市博物館館長。文化人類学・民族学研究の権威で、平成21年度から平成28年度まで、国立民族学博物館長を務める。


堺市博物館の専属館長に就任した須藤健一さんは、若き日に母系社会の研究のためにミクロネシアの島々を訪れ、星と波と風で大海を渡る伝統航海術(スターナビゲーション)に出会いました。その後、トンガ人の移民社会やソロモン諸島の森林破壊問題などにも研究フィールドを広げたものの、神戸大学の教授になったことから不本意ながら現場から遠ざかってしまいます。新しい学部のために、須藤さんは世界を駆けまわって、留学生を交換し合える大学を捜す大変な仕事もありました。活躍の結果、学部長まで務めることになった須藤さんを次に待っていたのは、「みんぱく」の名で知られる国立民族学博物館の館長の職でした。


■みんぱくに改革を
63才でみんぱくの館長となった須藤さんですが、ここでも厄介な問題が待ち受けていました。
「みんぱくでは77年の開館以来、私が館長になった2009年まで常設展示の全面的入れ替えを一度もしていなかったんです。それもあって当初は年間50万人はいた来館者が2008年には15万人にまで落ち込んでいました」
30年も同じ展示をしていれば、いくら博物館好きでも飽きてしまいます。須藤さんの手にみんぱく再建が託されたのです。
「展示を全部とっかえることにしました。14に分けた展示場の1つを変えるのに莫大な費用もかかって大変だったのですが。スタッフには『生きた展示』を来た人に見せるにはどうすればいいのか、それを考えなさいと言いました。たとえば、展示してあるものと関係しているものづくりの職人や芸能集団を呼んだり、関連する映画の上映を企画させたんです」


みんぱく正面
▲吹田市の万博記念公園内にある国立民族学博物館。愛称「みんぱく」。最近「みんぱくがね」って言うと、「必要なんですが、宿泊業者がねぇ」と「民泊」の話をされることがあります。


選ばれた映画の題材も、これまでの須藤さんの研究人生が生かされた独特のものがありました。たとえばトランスジェンダーへの差別などをテーマにした映画です。
「性については、いい悪いはないんですよ。私は性権利についても研究してきていましたから(わかります)。トランスジェンダーには、普通の人として普通に生きる上での偏見や差別の構造が強い」
日本のような父系社会だけでなく、ミクロネシアに残る母系社会も研究してきた須藤さんは、性の在り方の多様さを良く知っていましたし、オーストラリアでのトンガやサモアの移民社会についても研究し多文化の共存についても知見がありました。
「みんぱくの研究に多文化共生のテーマをたて、『インクルージョン(包摂)とオートノミー(自律)の人間学』というタイトルで6年間国際的な共同研究を行いました」

みんぱく日本コーナー
▲リニューアルした日本ゾーンに足を踏み入れてると「多みんぞくニホン」の展示が迎えてくれた。すでに私たちは多文化の社会に生きていることが実感できる展示でした。


たとえば伝統的な物だけでない現代のアフリカの文化、たとえば50いくつの民族衣装がある中国、その多様なる文化共存の姿を展示に取り入れていきました。来館者が来て楽しめる。何か新しい発見ができる展示を目指しました。2009年から2016年までの8年間をかけて展示を新構築し、15万人まで減っていた来館者も25万人にまで持ち直しました。
「一方で、展示が見やすくはなったけれど、浅くなってしまった印象もありますね。難しいところです」

アフリカコーナー
▲アフリカゾーンは、現代アフリカのアートや屋台、その奥には伝統的な衣装や信仰、祭祀の展示。


わかりやすくおもしろいエンターテイメント性のある展示と、精神性を感じさせる展示を両立させるのは容易な事ではないでしょう。それに年々縮小する国家予算の問題も加わります。
「毎年予算が1.6%ずつカットされていく。これが10年続けば2割近いカットになる。映画やパフォーマンスの上演は年々難しくなっています」
文化予算が削られていくのはみんぱくだけではなく、全国的な傾向です。そんな博物館受難の時代に、須藤さんは堺にやってきます。


■堺市博物館の館長に就任
2017年4月。須藤さんは堺市博物館の館長に就任します。前任者は堺市観光局長と兼任でしたので、専属の館長を迎えるのは4年ぶりのこととなります。
「堺市博物館に来てびっくりしたのは堺のスタッフが、研究とのバランスの中で、展示を熱心によくやってくれていることです。みんぱくだって企画展示や特別展示の開催には時間を空けるのに、堺は企画展示を休みなく、間断なくやってくれている。構想力と企画力、実行力にびっくりした。人数も少人数で、考古・歴史・美術史に2人ずつしかいない。彼らには、「学芸員というけどリサーチャー(研究者)なんだよ、研究が大事なんだよ」と私は言っている。でも博物館にいる以上、多くの人の目に晒す展示をすることになる。リサーチャーが自分の研究成果を論文だけじゃなくて、いかに入館者にわかってもらえるように表現するかも大切です」
堺市博物館では、時には企画展とミニ企画展が同時開催されていたりします。学芸員の熱意に加えて、堺市に素材が多いことも展覧会ラッシュを可能にしているようですが......。
「堺には歴史や著名な人、古墳や郷土芸能やものづくりなど多くの要素がある。しかし、素材はあれどどう料理していくのか(が大切)。中世の南蛮人が来た自治都市堺が今とどう繋がっているのか。全体として、1年間、あるいは3年間で何を見せるのか、中長期的な展望と計画性が必要です。学芸員の研究も展示と関連づけられるものがいいね」

須藤さん
▲「堺のスタッフは優秀」という須藤健一館長。スタッフと共に堺市博物館の活性化を進めています。


一方で、堺市博物館で企画をしていく上で難しい問題があります。
「堺市博物館はまだ出来て新しい博物館なので、所蔵しているものが少ないんですよ。頑張って集められるだけ集めて、屏風や書や絵のなかには希少で貴重なものを収蔵してはいるのだけど、いざ企画すると展示をしたくとも物がないということが多い」
堺市博物館の開館は1980年で、出来てまだ40年にもならない博物館としては新しい組織です。所蔵品が少ないため、企画展を開催する際は、どうしても他の博物館の協力が必要になってきます。
「多文化をテーマにする時は、もっとみんぱくを利用していきたいですね」
これまでもみんぱくから所蔵品を借りての企画展は行われてきましたが、堺市博物館のスタッフが言うように「文化人類学は生半可な知識ではできない」もの。今まで以上にみんぱくのスタッフと協力して企画展を開催していけば、より充実した展覧会となることでしょうね。


■博物館を新しい何かを生み出す場に
「堺市に来てもうひとつ驚いたのは、堺市民の音楽にかける熱意ですね。博物館でも月1回演奏会をするのですが、アーティストを公募すると、失礼ながら私たちが選ばなければならないほど沢山の応募がありますし、この博物館だけでなく堺市のあちこちで演奏会が行われている」
音楽だけでなく、ワークショップや学習会もすぐに満員になることにも驚きでした。
「だから博物館を母体にして何か生み出す場にしていきたいですね。芸術家と一緒に仕掛けて、市民と一緒に文化を創り出していく場、新しい何かを堺から生み出していく場としての博物館。博物館で何かを生み出す大きなワークショップが出来ないだろうかと思っています」

堺緞通展
▲2013年秋の堺緞通の企画展では、大きな堺緞通の展示の他、みんぱくが所有する海外の緞通も展示しました。


須藤さんが注目しているもののひとつは、江戸時代からの堺の伝統産業でありながら、もはや商業としては成り立たなくなっている堺手織緞通(じゅうたん)です。
「プロの手で日本にしかない緞通が出来ないかと思います。(堺の地域研究である)堺学の研究成果の講演会や連続講座などアカデミックな啓蒙も含め、マルチファンクショナルな活動をしたい。お客さんをもっと多く呼び込んで、楽しんで帰っていってもらえるような、何かクリエイティブな場にしたい。たとえば、みんぱくで海外からアーティストを呼ぶ時は、堺にもひっぱってこれればいいですよね。特に東南アジア。堺は16世紀の東南アジアと、貿易や国際交流がなされていたんだよと」

そして、もうひとつ堺市博物館には大きな使命があります。それはユネスコ世界文化遺産の登録を目指している百舌鳥・古市古墳群のことです。
「この博物館は、古墳の番人、プレゼンターですから。今、現代につながる古墳のあり方など、何かを学べる展示を、この3~4年は力を入れてやっていく必要があります。世界遺産に登録された場合は、多くのツーリストが来るでしょうから、現在の展示を改編して仁徳天皇陵って何なの? 古墳の全体像、構造を知らせるのが使命です」
市街地の中に平然と存在しすぎて古墳を気にかけなかった堺市民も、近頃はじわじわと古墳熱を高めているように思えます。古墳に囲まれた立地にある堺市博物館には、アカデミックな立場からの「古墳の番人」としての期待が強くなるのも必然でしょう。
(※百舌鳥・古市古墳群は、7月31日に文化庁からユネスコ文化遺産に推薦されました。)


百舌鳥古墳群
▲堺市博物館は、百舌鳥古墳群に囲まれる中にある。(写真提供:堺市博物館)


3回にわたって、須藤さんがアカデミシャンとして刻んできた長い軌跡を追ってきました。
太平洋の孤島からはじまった須藤さんの経験は非常に貴重なものです。そして、それは古代から海に面し、海の向こうからやってきた未知の人や文化を受け入れ、わが物とすることで発展してきた堺のあり方とどこか響きあうもののように思えます。
古代の古墳から、移民や性的少数者との多文化共生という現代的な課題に対して、博物館から新しい文化や知的な提案がされていくなら、それは堺にとって大きな財産になることでしょう。
須藤さんがミクロネシアの海で出会った古代の航海士は、自らの経験や知識と星を手掛かりに船の行く先をしましますが、彼は船長ではありません。航海士の意見を耳に、船長が決断し、船員たちが船を進めます。同じく、須藤さんは堺市民のゆく道を示唆する星の航海士のように思えるのですが、さて堺市民はどんな航路を選び、船をどこへ進めていくのでしょうか。


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