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颯爽人 No.033

松本知華 松本機械グループ (後篇)

技術で人を幸せにする企業に

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松本知華

profile
関西学院大学卒業後、広告代理店の営業を経て株式会社松本機械製作所に入社。
株式会社松本機械製作所業務部から株式会社松本機械製作所専務取締役に就任、松本機械販売株式会社専務取締役に就任。
2014年6月、株式会社松本機械製作所、松本機械販売株式会社代表取締役に就任。


70年前の戦災から復活し、業界屈指の企業に成長した『松本機械グループ』を継いだ松本知華さん。四代目の挑戦がはじまりました。(前篇はこちら

■山の頂を指し示す
社長になってまず取り組もうとしたのは、パソコンを導入して業務のシステム化を図ることでした。
「『松本機械』に転職してすぐ、業務部では部品の発注をすることから始めたのですけれど、驚いたことに全て手書きの帳面で管理していたのです。記録も3年分しかとっていませんでした。他社では当然、システムに落とし込んでいます」
新人だった松本さんが見積もりをしようとしても、過去の記録を探すのも一苦労でした。
「先輩に聞くと、『あの頃のあのお客さんに提出していたから、あの辺の資料を調べて』なんて言われるのです」
しかし、そんなことがあっても慣れたやり方を変えたがる社員は少なく、パソコンに対するアレルギーは根強いものでした。

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▲企業の成長に合わせて工場も増え、現在は第三工場まであります。


松本さんが、一番懸念したのは誰も困っているという意識すらないことでした。社長になって着手した改革は思うように進みません。
「反発は大きかったですね。ああしろ、こうしろといっても上手くいかない。『お前に何がわかる』と思われていたでしょう。ともかく一度に変えるのは無理だと思いました」
営業部門はパソコンに慣れた社員も多いのですが、製造部門はパソコンを使いたがらない。そのため、営業からの発注の指示は、ファックスで工場に送られ、事務員が必要分コピーして各部署に配布するということをやっていました。
「ミスでタイムラグが出ることが多かったんです。ファックスが来ているのを見落として、気づいた時には納期まで間がなかったりもして。これを防ぐために、営業部から各部署に一斉にメールで通知するよう改めました。メールを使ったことのない人のために、メールのグループ化のやり方を書面のマニュアルで作るところからはじめたんです」
最初は違和感を感じていた社員もいましたが、最近はメールの便利さに気づいてきたようだとか。

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▲技術の伝承も昔気質で「背中を見て覚えろ」方式で、先輩によってやり方が違い新人が混乱することもあります。その良さは残しながらも、マニュアル化できる部分はマニュアル化していきます。


「1年間奮闘して、私もトップダウンではダメだと気づきました。私がすべきことは、まず目標地点を設定すること。山の頂のここまで行きたいと示して、どうやって行けばいいのかを皆に相談するようにしたのです。トップダウンでなくボトムアップに切り替えました」
1年間やって、このやり方でようやくうまく回り始めたと、手ごたえを感じてきました。

これまでの手書きの帳面での管理もようやくパソコンへと移行中です。
「3年分の情報をエクセルデータにしてシステム化している所です。少しずつ少しずつ変えていきます」
松本さんが、無理をしてでもやり方を変えていきたいのは、効率化によって『松本機械』の製品をより早く安くお客様のもとへ届けたいからです。その思いの根っこには、自社の仕事に対して感じたある感動がありました。


■人の命を救う企業
「中高生の時には、家に会社の段ボールがあったから、遠心分離機の会社とは分かっていましたけど、何をするものか分かっていませんでした。会社に入ってお薬を作る機械と知って驚きましたし、最近世間を騒がせた難病の治療薬の製造機械をうちが作っていると知った時は感動して泣いてしまいました」
その薬は、途上国で多くの命を奪い世界的な広がりが懸念された死に至る伝染病の特効薬でした。自分たちが命を救う仕事をしているということに松本さんは強い誇りと意義を感じたのでした。
「私たちの仕事が遅れれば、それだけ人の命が失われることになるかもしれません。社員にもなるべく自分たちが何に携わってるのかを知って仕事をして欲しいと思っています。譬え話ですが、同じ石を積む作業でも、それがただ石を積んでいるのか、壁を作っているのか、教会を作っているのか、それとも皆が安らげる場所を作っているのか、意識の持ちようで仕事への取り組みが変わってくると思うのです」

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▲第二工場では機械の溶接を行っています。


もともと『松本機械』は職人気質で人間味のある企業風土だと松本さんは言います。
「お客様の工場に合わせて機械も作るのです。天井が低い工場なら、それに合わせて配管や扉の位置も変えたり。お客様の製品ごとに機械も開発しますし、納品してからもカスタマイズやメンテナンスをしていきますから、お客様と共に成長する企業だと思うのです」
Aという機械を見て購入の相談に来られたお客様にヒアリングの結果、「それなら違うBという機械の方がいい」と、全然別の機械を提案するだけでなく、他社の機械を紹介することもあるとか。
「色んなネットワークがありますし、特に医薬系は強いですから」

そんな『松本機械』が今取り組んでいるのは、取り扱いが危険な抗がん剤用の遠心分離機です。
「昔はお薬といえば1日3回に分けて飲んでいたけれど、最近は1日1回のお薬も多いでしょう。それだけ少しの量で良く効くお薬が出来ているのです」
高薬理活性製剤と呼ばれるそうした薬は微量でも効くため、健康な人間が吸引すると大変なことにもなりかねません。作業員の安全を確保するために、抽出は薬の封じ込めが難しい遠心分離機は使わずに、ろ過装置による抽出を行っています。
「危険な抗がん剤用の遠心分離機は、おそらくまだこの世界にないのではないでしょうか。ところがろ過装置だと時間がかかりすぎる。作業員も長く現場にいたくありません」
作業時間なら、遠心分離機が圧倒的に優れています。ある例では、ろ過装置だと丸2日かかる作業が10分程度で終わってしまいます。
「作業員が危険な薬に触れずに済むように、材料が飛散しない封じ込め技術を備えた遠心分離機を、大阪府立大学と協力して開発しています」

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▲工場には様々な工作機械があります。あらゆる精密機械がフルスクラッチで作られていきます。


さらに松本さんには実現したいことがあります。
「おかげさまで遠心分離機に関しては、『遠心分離機のパイオニア』として認知されてきましたが、他のろ過装置や乾燥機はまだまだです。私はろ過装置の活躍する分野として、放射性物質を考えています。311から4年たちましたでしょうか、まだまだ収束したとはいえません。放射性物質のろ過のために、『松本機械』の技術で使える所はないか探したいのです」
困難極まりないことですが、今これほど求められている技術はないかもしれません。

「先日、『松本機械』の社是を決めたのです。それは、私たちは『技術で幸せを創造する』企業というものです。77年目にしてはじめて社是ができました(笑) 私達が機械を作ることでお客様に幸せになってもらう、お客様が機械で作る最終製品でも社会の皆さんに幸せになってもらう。私たちも機械が売れることで幸せになる」

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▲小さい頃に育った祖父の家が今は第二工場に。祖父の孝さんは、90才になった今も現役で図面をひいています。


遠い過去、軍需工場だったゆえに炎に焼かれ、そこから再建した『松本機械』は、今は人を救う製薬にかかわり、人々の幸せに貢献しています。松本さんの努力が報われるとき、それは世界の多くの人に幸せが運ばれる時なのでしょう。


松本機械
堺区錦綾町2丁5番1号
TEL.072(229)3388(代表) 072(221)6622(製品に関するお問合せ)
FAX.072(228)1751


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