| トップページ |
颯爽人 No.030

溝上雅之 LA GRANDE LUE

不屈の生き様に纏う戦闘服

mizogami_00_face01.jpg

溝上雅之

prfile
LA GRANDE LUE(グランルー) CEO&President
堺市出身
文化服装学院卒



「人はまずは外見から相手を何者かとみなしますから、外見や第一印象は大事ですね」
「LA GRANDE LUE(グランルー)」のオーナー溝上雅之さんは、そう言ってから続けました。
「しかし、内面的な生き様が出るのが服なんです。主役は人間、人間力です。その人間力プラス洋服が『ヨウジヤマモト』です」
溝上さんは、オリジナルブランドや、いくつかのブランドの新品・古着を扱っていますが、中軸にあるのは、日本が世界に誇るモード系ブランド『ヨウジヤマモト』です。
堺市西区の津久野駅駅前というのどかな場所にお店を出して30年近く、溝上さんは「ヨウジヤマモト」にこだわってきました。
その30年の道程で大阪のファッション文化に大きな足跡を残し、そして今なお野心的に影響を与え続けている溝上さんにお話を伺いました。


■一時代の伝説を築き、そして......
「『どうして堺でやっているの?』って10人いたら10人がききますね。僕は堺のこの辺の出身なんですよ。八田荘で育ちました」
後に溝上さんと一緒にお店を開くことになる溝上さんの父は、会社員でしたがおしゃれな人で、溝上さんもその影響を受けて育ちました。
「父は今80を過ぎましたが、カッコいいですよ。今は『ヨウジヤマモト』、当時は『イッセイミヤケ』を着ていて。僕も凝ったデニムを履いたり。小学校で長髪なのは僕一人でした」

mizogami_01_mizogami01.jpg
▲《黒》を着つづけてきた溝上雅之さん。


そんな溝上少年も長じて東京の服飾学校に入ると、「ヨウジヤマモト」に衝撃を受け、その後「ヨウジヤマモト」でデザイナーをしていた田山淳朗さんのブランド「A.T」に就職します。
「A.T」では販売と営業補佐を経験。その後独立して、短い間東京でお店を出した後、津久野で「LA GRANDE LUE」をオープンさせます。
「最初は、ここから少しいって坂を上った所に店を出したんですが好調で、もっと表に出ようということで駅前に移転したんです」

mizogami_01_shop01.jpg
▲駅前ビルに2階にある「LA GRANDE LUE」。ブーム時のセールでは、列をなしたお客様がロータリーをぐるりと一周しました。


駅前に移った「LA GRANDE LUE」は、とんでもない伝説の店になります。
「バブルの頃には『アルマーニ』や『ヴェルサーチ』が流行りました。その後、93年、94年ごろから『ヨウジヤマモト』や『コム・デ・ギャルソン』といったモード系が流行り出したんです」
時代の流れに乗り「LA GRANDE LUE」は評判が評判を呼びました。
「セールをすれば二日前から徹夜組が出て、行列は駅前のロータリーをコの字に取り囲みました。雑誌にも見開き2ページで10年間は載り続けましたね」
記録的な売上を次々と打ち立てると、大阪市内にも進出し、ミナミに5店舗をオープンします。そして溝上さんに触発されるように、アメリカ村では次々と古着店が生まれます。
溝上さんは、「ヨウジヤマモト」のパイオニアであると同時に、大阪の古着文化の着火点でもあったのです。

しかし、いつまでも絶好調の時代は続きませんでした。違う流れがやってきたのです。
「大阪市内の5店舗が撤退した時は、時代の流れの怖さを感じました。何度も折れそうになりました」
多くのお店が「ヨウジヤマモト」から離れていく中、溝上さんもこだわりを捨てるべきか思い悩みました。しかし、その心を支えたのも「ヨウジヤマモト」だったのです。
「僕は『戦闘服』と呼んでいます。僕にとって『戦闘服』である『ヨウジヤマモト』を着たら蘇るんです。僕にとっていつの時代でもカッコいい洋服は『ヨウジヤマモト』なんです」
その不屈の精神は、何年もの後、報われることになります。


■ビンテージ「オールドヨウジヤマモト」が今新しく
2015年。
雌伏の時は過ぎました。「ヨウジヤマモト」が再ブレイクしはじめたのです。
「昨年、おととしから流行り出したんです。海外では中国、ベルギー、意外なところではアフリカのコンゴでブレイクしています。そして日本では若い子たちが注目しはじめたんです。20才前後の若い子たちが『ヨウジヤマモト』をカッコいいと。昨日も滋賀県から若いお客さんが見に来られました」
「ヨウジヤマモト」一筋にやりつづけてきた「LA GRANDE LUE」には、どこよりも充実した品ぞろえがあります。
「日本で一番『ヨウジヤマモト』の古着を持っているのは僕の所です。同業者でも今では欲しがっていますからね」
流行に流されず、折れそうになっても、こだわり貫いたことが力になったのです。

mizogami_02_schoolstudent01.jpg
▲初来店された地元の高校生と洋服談義。この春から大阪の服飾学校で学ぶ若者は、モード系の服の恰好よさに憧れ、興奮を抑えきれないようでした。


昔のデザインのものでも、特に価値の高いものもあります。
「今では関係者の皆さんに使われていますが、昔の『ヨウジヤマモト』を『オールドヨウジヤマモト』と言い始めてたのは僕なんですよ。『シャネル』でも『クリスチャン・ディオール』でも古くていいものはビンテージになる。日本でも『ヨウジヤマモト』や『コム・デ・ギャルソン』はビンテージになるんです」

お店には数多くのビンテージ『オールドヨウジヤマモト』が飾られていました。
「ビンテージというものは作者が決めるものではなくて、ユーザーが決めるものです。あまり一貫性があっても時代の変化についていけないので毎年デザインは変わるものですが、ユーザーが選ぶ『これだ』というものには、大体共通しているデザインがありますね」

mizogami_02_cloth01.jpg
▲店内にはビンテージ「オールドヨウジヤマモト」も多く揃っています。

80年代から一線でやってきた洋服の強さがビンテージを生む土壌となりました。
「『ヨウジヤマモト』にしかないラインというものがあるんです。たとえばハカマパンツです。だぼっとした分量のあるパンツ。こういうオーバーサイズは『ヨウジヤマモト』ならではです」
そして、「ヨウジヤマモト」を特徴づけるものといえば《黒》。
「《黒》にこだわっているブランドですね。『コム・デ・ギャルソン』も昔は黒でしたが、今では色物のイメージが強くなりました。『ヨウジヤマモト』は一貫して《黒》がメインです」

溝上さんが「ヨウジヤマモト」の《黒》に衝撃を受けたのは、東京へ出た学生時代でした。
「その頃、僕は『イッセイミヤケ』を着ていたんですが、学生に《黒》が広がっていたのに気付きました。当時『カラス族』と呼ばれた黒づくめの人々。その中でも本当にカッコいい《プロ》は『ヨウジヤマモト』を着ていたんです」

mizogami_03_mizogami02_1.jpg
▲「《黒》は一番難しい色」。パンツは溝上さんのオリジナルブランドの「クロスゲーム」


《黒》は決して簡単な色ではありません。
「『黒は簡単』。『黒で揃えたら恰好良くなる』というのは間違った認識です。《黒》には青味のある黒もあれば、赤味のある黒など色々ある。それを理解せずに着ると大きな間違い。軽い《黒》になる」
黒は年をとってから、という考えにも反対です。
「若いうちから《黒》を着こんでいるのは大切です。パーツ、パーツでも服のことを理解して、着込んでいる人はカッコいい。着込んでいる人の《黒》と、着込んでいない人の《黒》は違います」
服は、着る人の人柄や生き様が出てしまうものです。
「弱弱しく着ると着せられてしまう。『着てやろう!』という気持ちで着ればカッコいい。やっぱり人間力なんです。『ヨウジヤマモト』は人間力が出やすい服ですね」
溝上さんが『戦闘服』と呼ぶ理由がここにあります。
そして、その溝上さんの考えが体現された特別なショーがいよいよファイナルを迎えようとしています。


■生き様に服を纏(まと)う
「Vigor State」......『生き様』と題されたファッションショーは今年で7回目。
「服は人間が着るもの、大事なのは服の価値より人間力だと。僕は服を着せられている人たちではなくて、人間性や人間力のある人たちを選んだ。みんな僕が日ごろからお世話になっている関西でも一流の人たち。アーティストや、バーやサロンのマスター、会社の社長さんたち。日頃『ヨウジヤマモト』を着ている人や着た経験のある人です」

mizogami_04_mizogami03_1.jpg
▲ファイナルとなる「Vigor State」ですが、「時間を置い2~3年後には再開するかもしれませんけれど」。復活の日が待たれますね!


素人にモデルをやってもらうのは、昔は「ヨウジヤマモト」でもやっており、溝上さんも面白いと思っていました。
「関西でかっこいい人たちに『ヨウジヤマモト』を着せたらカッコいいに決まっているじゃないですか」
これまで6回開催されましたが、モデルたちがいるストックルームは毎回大迫力だそうです。
「みな凄味のある人たちばかりですからね。モデルの人間力が溢れ出ているんです」

その「Vigor State」も今回でファイナル。その理由は?
「『ヨウジヤマモト』のブレイクでお店が多忙になりすぎました。普通のショーならともかく、このショーはすごい力がいるんです。とてもこなせなくなってきた」
時代の流れがまた「LA GRANDE LUE」に来ているのです。
しかし、油断は出来ません。


■これまで以上に個性が必要とされる時代に
LA GRANDE LUE」は好調でも、ファッションを取り巻く状況は厳しいものです。
「街の洋服屋はどんどん潰れていっています。ファストファッションも東京では陰りがでてきています。海外のブランドも日本から次々に撤退しています。これから大切なのは『個性』です。ファストファッションでさえ、個性のないものは淘汰されていくでしょう。僕が生き延びることが出来たのは『点』で商売をしていたから。マスを相手に商売していたらダメだったと思います」
「ヨウジヤマモト」にこだわり貫いたことが、今に繋がったのです
「僕には限られた場所でやっている強さがあります。これからますます『点』の勝負になるでしょう」

これから先のことも溝上さんの脳裏にはあります。
「もう15年か20年は店をやるつもりです。今はユーズド、セレクト、モード系のカジュアルを扱っていますが、60を過ぎたら『ヨウジヤマモト』だけのお店をやってみたいですね。60過ぎのわがままなお店もカッコいいでしょう」

mizogami_05_mizogami04_1.jpg
▲トップレベルのブランドとも「対等」(クロスゲーム)な存在でいたい。


夢はそれだけではありません。実は溝上さんにはデザイナーとしての顔があります。溝上さんのオリジナルブランドは『クロスゲーム』。
「自分が来たい服を作るというコンセプトで15年ほど続けているブランドです。《黒》にこだわって、ジャケット、パンツ、コート、靴......数を作らないので、作るとすぐに売り切れてしまって、今丁度店にはないですね」
ブランド名である「クロスゲーム」は「対等」という意味があります。
「『ヨウジヤマモト』と肩を並べるブランドになりたい。そんなつもりで名付けたんです」
30年間、一筋に貫いた溝上さんの生き様。その生き様は、これから先も続いていくことでしょう。



LA GRANDE LUE
堺市西区津久野町1-3-2-13
アクセス:JR阪和線津久野駅前 
営業時間:13時30分~21時
TEL:072-274-8070


| トップページ |