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颯爽人 No.029

建築翻訳家 牧尾晴喜

ひっくり返して世界を見てみよう

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牧尾晴喜

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1974年に大阪で生まれる。
2003年にスタジオOJMMを設立し、デザイン/建築ジャンルを専門とする翻訳の仕事を開始。
(2014年に、フレーズクレーズに改組・株式会社化)



「建築翻訳家」という耳慣れない言葉から、どんな仕事をする職業か想像はつくでしょうか? 自身を「ニッチな仕事です」というのは、建築翻訳家で株式会社フレーズクレーズの代表・牧尾晴喜さんです。


■日本と西洋・文化の橋渡し
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「たとえば日本のデザイナーや建築関係の会社が、海外の雑誌に掲載されたり、海外企業と契約をしたりするときには、やっぱりちゃんとした文章が必要になってくる。そんなふうに、パンフレットやwebページの翻訳を依頼されることが多いですね」
たしかに。私たちも適当な日本語の海外企業サイトだったら信用できないでしょう。
更に牧尾さんは海外書物の日本語への翻訳もしています。たとえば、「死ぬまでに見たい世界の超高層ビル」「3びきのこぶた 建築家のばあい」など、写真集から絵本まで幅広いものですが、「建築」が共通のキーワードになっています。
そう、牧尾さんの仕事は、建築分野の会社や書籍に特化した翻訳。実は、翻訳家である牧尾さん自身が一級建築士の資格を持っているのです。

「『カッコよさそう』というイメージで大学の建築科に入ったんですが(笑)、第一線の建築家たちの仕事ぶりなどを見るうちに、先鋭的でカッコいいものをつくるセンスは自分にはないと痛感しました」
そこで牧尾さんは他の建築家たちとは違う進路を選択します。

牧尾さんは、自身の過去を振り返りました。
「僕は中学生の頃から新聞配達をしていて、年配の人たちとコミュニケーションをとっていました」
子供の頃から大人の世界の一端に触れて、コミュニケーション能力を培ってきた牧尾少年の姿が浮かびます。
「学生になってオーストラリアに留学したり、色んな外国へ行って20代後半にはがっつり外国かぶれになったんですが、その反動で自分は純日本人だなと気づかされました。その二つの経験から、自分を役立たせる仕事をしたいと思ったんです」
コミュニケーションに長けていて、海外経験も豊富、そして建築士の知識をもつからこそ建築翻訳家・牧尾晴喜という他にない存在が誕生したのです。

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▲国際的な場での司会も。「国際環境問題に関心をもって、国連で働きたいと思ったことも、今に役立っています」(写真提供:牧尾晴喜)


「翻訳していて思うのは、日本と海外では文化的に違うということですね。『はじめにことばありき』の西洋は、ロゴス(論理)の文化で、たえず『説明してくれ』と言われますが、日本は逆。俳句や短歌のように、少ない文字の中に感情を乗せる文化です」
文化の違いは建築の違いにも表れます。
「建築にかぎらず、日本では腐敗、発酵、循環というサイクルが重視されることが多いです。西洋の建築は自然と戦っているのに対して、日本の建物は内から外にゆっくりゆっくり仕切りがあって、自然と一緒になる。同じ建築ではあるけど、日本は自然と一体になる文化」

そんな日本の建築の価値を見出したのは、西洋でした。
「1900年代前半から中盤、西洋の大建築家コルビュジェ、ライト、ミースらがシンプルなものを突き詰めていきます。そしてブルーノ・タウトが、日本建築の中にその答えを発見するんです」
他の文化にいるからこそ、その価値を発見できることもあります。
「よそ者、若者、馬鹿者なんて言い方が良く言われますよね」

「安藤忠雄さんをはじめ、(「建築界のノーベル賞」ともいわれる)プリツカー賞を受賞した日本人の建築家も多く、日本は建築の分野でも大きな地位を占めているんですよ」
文化を越えて、日本のものを海外に、海外のものを日本にと橋渡しをする。それが結果として、自分たちが気付かなかった自分たちの中の魅力を気づかせることにもなる。これは牧尾さんの仕事の意義のひとつでしょう。

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■堺はもっと発信力を
仕事柄、牧尾さんは海外の都市の街並みを実際に目にしてきました。
「やっぱり色んな街にそれぞれ良い所があります。綺麗にまとまっている北欧の都市もあれば、雑多で活気にあふれるアジアの都市もある。以前ベトナムの友人の家で停電したことがあったんですけど、少しもびっくりしないで『ロマンチックにいこうよ』なんて言ってキャンドルを出してきたり」
「よそ者」として、多くの都市の魅力を見てきた牧尾さんが、振り返って見た生まれ故郷の「堺」は、なんだかもったいない都市でした。

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▲つーる・ど・堺主催の「ど★さかいサミットvol2」にパネラーとして出席いただきました。海外と比較して堺は? 左は堺市の狭間惠三子副市長(写真撮影:加藤恵大)。

「母校の泉陽高校には与謝野晶子の歌碑があって、観光客が見に来たりしていたんですが、今考えるとすごいことですよね。堺には文化・観光資源があるんです......あまりにも無造作に。今は少しずつ整備され改善されているのかもしれませんが」
堺でよく耳にするキャッチフレーズも、牧尾さんには疑問です。
「『堺から世界へ』というキャッチフレーズがありますが、もっとできることがあると感じます。色々な文化資源・観光資源をもっていますから、外にむけても、まだまだ発信の可能性があるんじゃないかと」
堺のポテンシャルはもっともっとあるし、それは発信すべきだと牧尾さんは考えます。

「たとえば、スペインのビルバオでは、かつては工業が盛んでしたが、産業の空洞化によって街そのものがすたれてしまっていました。ですが、『グッゲンハイム美術館』がきっかけとなって多くの観光客が訪れるようになり『ビルバオ現象』と呼ばれました。建物ひとつ、あるいは、街の印象やPRの仕方次第で大きく変わることもあります」

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▲「ど★さかいサミットvol2」で参加者と語り合った牧尾さん。(写真撮影:加藤恵大)。

日本インテリアデザイナー協会の理事でもあり、大学でも教鞭をとる牧尾さんは、実際にデザインの力で町の魅力を発信することにも携わっています。
「日本インテリアデザイナー協会で、『LIVING&DESIGN』という大規模なイベントにタイミングをあわせ、今年は椅子100点(脚)を並べた展示会も開催しました」

「大学の建築系の授業では、住宅や美術館など、建物について調べたり設計したりする課題があります。たしかイタリアの大学だったと思いますが、こういった建築系の授業で、『銀行強盗』をテーマにした課題がありました。これが注目を集めて、なんと銀行から助成金をもらって展覧会も開いたんです」
イタリア人の先生だからできた、という面もあったかもしれませんが、牧尾さんも話題になるイベントをしたいという思いは強くあります。
「堺の町でも、その魅力をじっくりと見つめ直して、外部のひとにも伝わるようなことをしたいですね」


■見方を変えれば世界は変わる
本業の翻訳に加えて、日本インテリアデザイナー協会の理事に大学の講師と多忙を極める牧尾さんです。
「仕事でもなんでも、見方を変えることで、そのものが大きく変わることってあると思うんです。たとえば、経理関係の作業をしているときに『オーシャンズ11』のサントラをかけるとか。たとえ小銭でも、雰囲気が高まりますよね(笑)」
bookという文字をひっくり返すとloveにみえる、牧尾さんが手がけたブックカバーも、「見方を変えたら、世界が変わる」の精神を体現しているデザインといえるでしょう。代表を務める翻訳会社「フレーズクレーズ」のロゴも、アルファベットのひっくり返ったデザインになっています。

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「翻訳の仕事は、『一文字いくら』といった細かい世界です。小さい世界ですけど、その先にはクライアントがいて、世界とつながっているという感覚を大事にしています」

「『3びきのこぶた 建築家のばあい』の翻訳本が刊行されたのは、いろいろな人とのご縁はもちろん、タイミングや運に助けられた面も大きかったです。形に残る書籍のなかでも、一冊ずつ形が違って、特に『モノ』に近い絵本は、これからも手がけていきたいですね。子どもには『一人で遊んでずるい』なんて言われてしまうんですけど(笑)」
子どもができて牧尾さんの世界も変わったといいます。
「子どもと一緒に出歩いていると、一人のときとはまた違って、色んな発見や新しい出会いがあります。堺の紙カフェともそうやって出会って、今回のご縁ができたんですよね。堺の観光マップの翻訳など、なじみがある場所と、仕事でのつながりも広がっていくのは嬉しいです」

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「翻訳の仕事では、距離に関係なく、東京をはじめ他の地方からもご依頼をいただくことが多いんです。一方で、これからは地元とのつながりも強くしていきたいと考えています」
少子高齢化の日本では国内の市場が縮小していくことは避けられませんし、それは堺もそうでしょう。これまでのような、堺の中で回せば済む時代は過去のものになりつつある今、別の視点が必要です。世界をひっくり返して見る視点を持つだけでなく、東京や海外と橋渡しをする牧尾さんは、堺にとって必要な存在に違いないでしょう。

そんな牧尾さんの、一人の翻訳家としての理想はなんでしょうか?
「翻訳の仕方、伝え方で、どこか自分らしさを出したい。『これ翻訳って感じがしない』と感じさせられたら、と思います」


牧尾晴喜
株式会社フレーズクレーズ
〒540-0026 
大阪市中央区内本町2丁目4-12 中央内本町ビル4階
tel:06-4792-7267













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