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颯爽人 No.012

Pain de Singe パンド サンジュ 門田 充

この町で生きていく

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門田 充
profile
1975年 大阪生まれ
1999年 大学卒業後、デザイン事務所や設計事務所でweb、グラフィック、空間デザインに従事
2009年 京都のリテイルベーカリーで3年間修業
2012年 Pain de Singe パンド サンジュ オープン


つーる・ど・堺の『まちあるき』で紹介した、津久野にあるパン屋さん『Pain de Singe パンド サンジュ』。『とびばこパン』ですっかり人気のお店ですが、実は店長の門田 充さんはデザイナーからの転身という異色の経歴の持ち主です。
門田さんがどうしてパン屋さんになったのか、とびばこパンなど楽しいパンの数々が生まれたのは何故か? ナゾに迫ります!


■異色の転身。デザイナーからパン屋さんへ!?
「まず、そこから話をはじめた方が早いですよね」
門田さんは、京都で修業時代を送る以前、すでに大阪でデザイナーとして活躍していました。京都への移住も「一流のデザイナーについて勉強しよう」とレベルアップを目指してのことでした。
京都で紆余曲折を経て、門田さんは、数々の賞を受賞したデザイナー辻村久信さんの事務所『ムーンバランス』に勤めます。

「辻村さんは、哲学的というか、シンプルな空間で存在意義をつきつめるデザイナーなんです」
ようやく巡り会えた師匠のもとで仕事に励んだ門田さんでしたが、月日が過ぎ今度は自分の理想とデザイナーという仕事の間にあるギャップに気づきます。
「辻村さんは目標とするデザイナーでしたが、何もかも同じセンスを持っているわけではありません。自分には、自分ならではのもっと気持ちいい表現のステージがあるのでは? と思うようになったんです」

門田さんが感じた違和感は、エンドユーザーとの距離でした。
商業デザインの世界は、規模が大きくなればなるほどエンドユーザーと直接コミュニケーションを取ることが出来なくなります。
「よく『デザインとはコミュニケーションツールである』と言われるんですが、僕にとってデザインとはコミュニケーションそのものなんです」
エンドユーザーとのコミュニケーションを模索していた門田さんが行きついた答えが「パン屋」でした。

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▲「誰もが知っているものをデザインした、すべてが集約したデザイン」と門田さんが自負する『とびばこパン』。 ▲パンを片手に機嫌良くはしゃいでいるお猿のロゴも、もちろん門田さんのデザインです。

飛躍にも思えますが、「パン屋ほどコミュニケーションな仕事はない」と門田さんは語ります。
パン屋を他の仕事と比べてみます。
自分で作ったものを人に届けられる満足感は、仕入れて販売するショップだと得られません。また、ハンドメイドでも制作に時間がかかるものだと高い価格になりますし、趣味の品だと特定の人向けと、お客様を選んでしまいます。

「朝早く出勤した時に粉だったものが、僕の手でパンになって、お客さんに買ってもらってお金になるんです」
パン屋は、経済活動のサイクルがお店で完結する上に、値段もせいぜい百円から数百円程度で、お客様は老若男女を選びません。
「足の悪いおばあさんが『良い香りがするから』『直接パンを選びたいから』とおっしゃって来店されたり、小さな子どもが百円玉を何枚か握ってどのパンにしようかずっと悩んでたり、色んな世代のお客様がいらっしゃるのもパン屋だからこそですよ」
パンは社会に溶け込めるコンテンツで、自分の理想とするデザインの仕事だと気づいた門田さんは、京都のパン屋で三年間の修業生活を開始します。

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▲修業時代の先輩職人も、門田さんに触発されてか相次いで独立されたとか。 ▲オープンキッチンですから、子どもを抱いて作業の様子を見せる方もいらっしゃるそうです。

「地域一番の人気店でしたが小さな店で、本店と支店の2店舗分のパンをたった6人で作るため分業制じゃなかったのが良かったんです」
分業制だと、仕込みは仕込み、焼きは焼きと専従することになります。対して、人数が少ないお店だと、一人の職人がすべての作業に携わることになるので、パン作りの全てを学ぶことが出来ます。
「3年で独立したいんですけどいいですか?」
そう切り出した門田さんを店長は応援してくれました。
3年という期間も、丁度いい長さだったと門田さんは振り返ります。
「短いと技術を習得するのは無理でしたし、長いと気がゆるんでいたでしょうから」
そうして修業を終えた門田さんは、いよいよ店舗のオープンを目指します。


■「楽しいパン」のためにお店もデザイン
門田さんは独立する1年も前に企画書を作っていました。あえて文字だけにした、シンプルで門田さんの想いがしっかりとつまった企画書です。

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▲「パンは歌みたいだと思います」印象に残る言葉が綴られた企画書。

卓越した経営者や職人に企画書を見てもらうと『あほか、キミは詩人か』なんて厳しい駄目だしをされ、心が折れそうになることもありました。思う通りのパンが作れずに、安易な道を選ぼうと心が揺らいだ時もありました。
「でも、この企画書のお陰でぶれずに済みました。企画書が柱になったんです」

企画書に描いた理想のパン屋は、門田さんが持ってた空間イメージを『ムーンバランス』時代の友人と共に煮詰めて、最終的な設計を友人のデザイナーが行いました。

最も目を惹くのは店内の中央に置かれた大きな一枚テーブルと、オープンキッチンです。
一枚テーブルはお客様側からはパンの展示スペースとなっており、キッチン側からは調理スペースになっています。
「大テーブルの上の中ですべてが完結する空間にしたかったんです」

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▲展示スペースの前にスペースを空けてあるのは、トレイを置いてパンを選ぶことが出来るようにするため。お子様連れのお客様などのことを考えての配慮です。

テーブルの幅は、パンを選びたい人はお店の人の視線が気にならず、一方コミュニケーションを取るのにもほどよい距離に計算されています。お客様を見下ろさないように、キッチンをわざわざ一段低くしている工夫も「パン屋とはコミュニケーション」を重視する姿勢の現れ。

「この店舗は以前は喫茶店で、道路に面した全面ガラスを生かすよう設計してもらいました」
外の通りから店内もキッチンも良く見え、特徴的なとびばこパンの金型が窓際に並んでいます。社会見学の小学生が表を通った時は、ひっきりなしに手を振って大変なことになるそうです。
「僕は今でも自分はデザイナーのつもりです」
パン職人にしてクリエイター、そして独立したことによって経営者としての顔も持つことになりました。

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▲キッチンの中から見た店内の様子。『パンド サンジュ』は設計した友人デザイナーの独立デビュー作でもあります。 ▲道路から見ると、とびばこパンの金型が並んでいます。

『とびばこパン』は、時には諦めそうになりながら試行錯誤を繰り返し完成させた『パンド サンジュ』の看板商品です。
「経営者としても看板商品が食パンというのはありがたいんですよ」
たとえばフランスパンのようなパンだと成形が難しく、菓子パンや総菜パンだと材料費が跳ね上がり、大量生産には不向きです。
成形も簡単で特別な材料を必要としない『とびばこパン』は、大量生産が可能で『パンド サンジュ』の経営を大いに助けたのです。

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▲特殊な形状のため上下に蓋がある『とびばこパン』の金型も、職人と打ち合わせを繰り返して作り上げました。この形で火通りも良いのです。 ▲とびばこの段数を焼き印する焼きごても特注品。


■経営ゲームをやりたかったわけではない
一方で、クリエイターとしてのこだわりが暴走したこともありました。
『パンド サンジュ』の全てのパンは、『とびばこパン』をはじめ、どこか他とは違う工夫がされています。
「美味しいパンであることは当然として、楽しいか楽しくないかが、自分の中での基準なんです」
「気分が上がり、幸せな気分になれるパン」「美味しくて楽しいパン」それを目指して毎日のように商品開発を続けたのですが、いつの間にかとんでもない事になっていたのです。

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▲見た目が楽しい、新開発の『おひさまクリームパン』。 ▲たべごたえのありそうな『からあげサルサ』。総菜パンも充実してますね。
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▲今はハード系のパンが流行りだけど、次はソフト系が流行るのでは? と門田さんは予想します。 ▲色んなパンの試食が用意されていて、それだけで気持ちが高揚します。

「数えてみたら170種類ものパンがあったです」
「楽しいパンを」と目指すうちに、パンの種類はどんどん増えていきました。企画書で立てた計画を上回る勢いで伸びる売り上げに後押しされ、予定より早いタイミングで製造スタッフも雇い、門田さんは夢中になって働きました。

ですが、いつの間にか仕事はあふれかえり、無茶なシフトを組んだため、スタッフのストレスは限界までふくれあがっていました。
「丁度ピークになっていた先月、経営状態を見直してみて我に返ったんです。売り上げは伸びていたのに、利益はそれに見合うほど伸びていませんでした」
経営を圧迫していたのは、ふくれあがった人件費とロスでした。
「雨降りで天気が悪くなると、パンが売れ残ります。大量にパンを作ればそのままロスになりますし、パンの種類が多ければ材料のロスも増えるんです」
この時思い出したのは、お世話になっている税理士さんに言われた「売り上げを追いかけだしたらきりがない」という言葉でした。
人を増やし、冷蔵庫を増やし、ついには新しい店舗を借りて......と拡大しつづける未来の姿でいいのだろうか?

「僕は経営ゲームをやりたかったわけじゃないって事を思い出したんです。骨身を削って売り上げがあがっても仕方がないなって。だから自分でバブルをはじけさせました」
パンの種類は100種類ほどに減らして、シフトを組み直し余裕をもって仕事が出来るようにしました。
「あの時に無茶した経験はパン屋の繁忙期である2月から5月に生きると思います」
門田さんは、突っ走った過去をそう振り返ります。

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▲「もし先月インタビューを受けていたら、イケイケドンドンな事を言っていたと思います」


■超オープン主義を実現していく
では、門田さんが描く『パンド・サンジュ』の未来像はどのようなものでしょうか。
デザイナーとしてwebデザインも手掛けてきた門田さんですが、ネットを介して楽しい仕掛けができないかと思索しています。
「店の中にタブレットを置いて宣伝をするのはあからさますぎると思うんです。ハイテクをやりすぎるのはイヤミになってしまう」
今の日本の社会は、IT技術がうまく実生活にとけこんでいないと門田さんは見ています。

「パン作りの工程をネットで公開します」
パンを作りたい人が、ネットでプロの作業を参考にしながら、自宅でもパン作りが出来るようになる。
「パンのデータベースがネット上にあって、クリックすれば好きな種類のパンの作り方の実演風景がいつでも見られると面白いでしょ」

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▲「オーブンの中にもどうにかカメラを入れられないかって思うんですよ」パンが焼ける様をネット中継したらどうだろうか? 門田さんは、そんなことも夢想します。

ですが、財産ともいえるレシピを無造作に公開していいのでしょうか?
「全然構わないですよ。元来パン屋はオープンな世界で、人気店の看板商品でもレシピが公開されていたりするんです」
デザインの世界が秘密主義になっているのとは対称的です。
「プロジェクトによっては一年計画にもなる設計デザインの世界は、たとえば小さなバルブの形が合わないだけで、今までの全てがやり直しなんて事もあります。それに対してパンの世界は、失敗してもその日一日の作業がおじゃんになって本人が泣くだけのことですからね」

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▲お客様が欲しいパンがあるかを自宅で確認できるよう、その時に展示して販売しているパンの様子をネットで中継するアイディアも。

「デザイナーでもあることは、僕の大きな強みだと思っています」
異色だと思えた転身ですが、デザイナー・パン職人・経営者の三つの顔が影響しあって、この『パンド・サンジュ』の他にはない魅力を生み出しているように思えます。


■ゆっくりと故郷を歩いた
泉州といえば、だんじりやふとん太鼓といった地車が有名です。
『パンド サンジュ』のある津久野も、人々がだんじりに熱くなる地域。
「地元のだんじりのロゴを焼き印にした『だんじりパン』を作って、だんじりの練習をしている青年団に毎日差し入れにいったんです」
ただでさえだんじりを愛する青年団ですから、『だんじりパン』は大喜びされました。だんじりの季節を過ぎた後でも、「『だんじりパン』はないの?」とよく聞かれるとか。門田さんが地元に受け入れられたと感じた瞬間でした。
「焼きゴテは結構高いんで、毎年ひとつずつ増やしていって、津久野の7地区のだんじりをコンプリートするつもりなんです」
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▲パンを持って喜ぶおさるのログが目印の『パンド・サンジュ』。

津久野は、実は「地域のパン屋」を目指す門田さんの、生まれ故郷なのです。
京都から帰ってきてパン屋をはじめようとした門田さんは、まず最初にゆっくりと生まれ故郷を歩きました。
「久しぶりに歩くと、景色がすっかりと変わっていました」
年を経てすっかりくたびれた臨海工業地帯のベッドタウンが、再開発によって新しい町に生まれ変わろうとしており、転入者が増え出していました。門田さんと同じ世代でパンにも馴染みがある世代です。ここならパン屋は受け入れられるだろうと、門田さんは直感しました。

そして、歩きながら考えたのは実家で暮らす両親のこと、まだ小さい二人の子どものこと。故郷の空気の中を歩いて、ここでの生活を決意したのでした。

「家族の一員としての僕も、パン職人としての僕も、このパン屋を通じて自然に地域とつながっていたい」
朝早くからパンを作り始める門田さんのもとに、夕方学校帰りの子供がやってきます。大きな一枚テーブルにはお父さんのパンが並び、片隅では宿題をする子どもの姿があります。
『パンド サンジュ』の、今日もまた津久野で繰り返す毎日の風景です。

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▲「子どもの相手をしているというよりも、子どもと一緒に遊んでいます」というお父さん。もうすぐ三人目のお子様も誕生予定。

Pain de Singe パンド サンジュ
堺市西区津久野町1-8-15
TEL 072-320-7257



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