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まちあるき No.119

本物の味とレトロ 酒場川内

酒屋から酒場に転身

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ご近所さんが足しげく通う三宝町の酒場「川内」は、店外に「アサヒビール」や「長龍」の看板が出ているちょっと不思議なお店です。店内も古い映画のポスターもあってレトロな印象ですが、インテリアの域を越えている印象。はたしてこのお店の正体は?


■「本物」があるお店

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▲川内昇さん。仕入れてきたマグロは、仕入れ値でも結構します。


酒場「川内」はご主人の川内昇さんと、奥さんの逸子さんの2人できりもりしているお店です。
「これがうちの自慢のタン」
と、昇さんが掲げてくれたタンを早速いただきましょう。定番のレモンだれもいいのですが、おすすめは肉と一緒に溶かす塩バター。さっぱりとしたタンに程よいこってり感が加わります。
「うちはマグロとバラは儲からなへんねん」
というマグロは、川内さんが通う仕入先でも沢山は売ってもらえないというマグロ。これも一切れ口に入れると、ひんやり歯ごたえのある存在感が、口内の体温で淡く溶けていきます。
「お寿司屋さんで食べたらすごい値段がしますよ」
マグロもタンも妥協せずに本物を求める昇さんのこだわりが如実に現れているようです。

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▲マストで味わいたいタン。銀色の器で溶かした塩バターをつけていただきます。


料理だけでなく、店内の内装にも本物があります。
強く目を引く2枚の漆黒の大きなお酒の看板。これはかつて灘や伏見と並び称される酒処だった堺の酒造メーカーから、川内さんに送られた看板です。有名な「金露」の看板も立派ですが、これは戦後のもの。もう一枚の「都菊」は、立体的な造形をしており、これは明治時代の看板の特徴です。いまや貴重な古い看板。それを二枚も「川内」では目にすることができます。
そう、「川内」は明治の頃から続く酒屋さんだったのです。

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▲「都菊」の看板。立体的な造りが目を引きます。


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▲シンプルだけど漆塗りに金文字がまぶしい「金露」の看板。


■明治生まれの酒屋さん


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▲この通りでずっと酒屋さんを続けてきました。近くのイオンモール鉄砲町店には、往時の「川内酒店」の写真が飾られています。


「今も続いてたら100年ぐらいの歴史になったんちゃうかな」
お店をはじめたのは明治生まれの昇さんの祖父でした。家はもともと百姓さんだったのが、堺区の桜之町ではじめは昆布屋、その後に酒屋をはじめました。今の三宝町に開店した時期は詳しくはわかりません。
「自分が生まれた時には、父親がここで酒屋をしてましたわ」
昇さんは戦後の昭和23年生まれで、近くの三宝幼稚園の一期生だそうです。
昇さんの小さい頃には、若い衆を雇ったり、近くに支店を作ったりもしていました。
「昔の酒屋は儲かったんですが、ディスカウントストアが出てきて、次はコンビニエンスストアでも酒を売るようになって、儲からなくなってきた」
そして、大きな転機は1995年に訪れます。

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▲おでんや、逸子さんが担当するおにぎりも外せません。


■酒屋から酒場へ
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▲壁を飾る映画ポスターも本物です。逸子さんのお父さんは、昔丹波篠山で映写機を持って町々を回っていて、その時に使っていたポスターです。処分しようとしていた所を、昇さんが慌ててもらってきたのだそうです。


1995年に起きた阪神大震災では、灘にあった酒造会社も大きな被害を受けました。昇さんも手を打ちます。
「酒だけではやっていけないと思って、米も売り始めたんです。その時に、ついでにコロッケも売ったんやけど、若い子がコロッケと自販機でビールを買って表で食べるようになったんや。近所のこともあるし、そんなところで食べんと、中で食べっていうたら、おっちゃんそやけど座るところもないで、と」
だったらと、ビーチで使うようなテーブルと椅子を買ってきた所、「若い子」の仲間たちも集まってきて、昇さんは一緒に飲んだり食べたりするようになりました。これが酒場「川内」の始まりでした。

実は昇さんは修行の経験こそないのですが、若いころには「酒屋川内」の支店で料理を出していました。その腕前は今の「川内」で味わえる通りです。
そして10年ほど前に、酒屋を止め今の酒場として生まれ変わります。実はお店も大工さんに頼らずに、元のお店の棚を椅子に改造したりして、全部昇さんが自分の手で仕上げてしまったそうです。

お酒と料理を楽しんで締めにおにぎりを頼むと、
「おにぎりは女房が握りますさかい」
と、2人のコンビネーションもばっちりです。
そんな「川内」は、本物の100年の歴史、本物の味に触れることが出来る隠れた名店でした。


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▲昇さんのあこがれは、ポスターにも登場する当時の映画スター芦田伸介。「芦田伸介のような男になりたかった」。旧姓・芦田逸子さんとの出会いは運命と感じたそうです。


酒場川内
住所:堺市堺区三宝町3丁190
定休日:火曜 水曜


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