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まちあるき No.39

堺七まちひな飾りめぐり コンサート

変わりゆく、変わらないもの

北旅籠町、桜之町、綾之町......。
古い町並みは失われつつある堺ですが、戦国時代・自由都市堺の町割りは今に伝わり、かつての雅な町名は残っています。
歴史上の人びとが踏みしめた同じ道。時を越えた歴史の薫りに誘われ、ある町角の一室へ。

......錦之町。
ミュージックサロン『堺テクネルーム』へと、今日は足を運びましょうか。


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■邂逅。和と洋、伝統と現代
今年、2度目を迎える『堺七まちひな飾りめぐり』。
この日は、まだ肌寒さの残る3月3日。人々は節句に併せるように『ひな飾り』の会場のひとつ『堺テクネルーム』へと足を向けます。

『堺テクネルーム』は、町屋の建築を生かし、ライブや講演会を催す事の出来るサロンホール。
門から「通し土間」、かまちをあがると、和の建築の中に、洋の内装が自然に融け込んだ空間があります。
ホールの中枢には、貴婦人、御年100才のグランドピアノ・ベーゼンドルファーが優雅なフォルムで拝謁を待っています。わきに控えるのは、雅に並んだひな飾り。今日の特別な日に華を添えるよう
和の芸術品と西洋の楽器。伝統家屋に、現代のミュージックホールの組み合わせ。それが和洋折衷にとどまらない調和を魅せているのは、きっとサロンの主、芸術一家・稲本さんのセンスによるものでしょう。

この日は折しもライブコンサート。
しかも弾き手となるは、この『堺テクネルーム』で育った稲本 響さん、渡さん兄弟。そして、ベーゼンドルファーは、まもなく弦の張り替えを控えています。今回は、100年前の最後の音を聴ける貴重なコンサートなのでした。

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◆ベーゼンドルファー
 小さなサロンで弾くために柔らかい檜などの針葉樹で造られたピアノ。タイタニック号などの豪華客船のVIPルームに置かれるような線の細い音を楽しむピアノとのこと。音の響きが女性的。


■共振。音の森へ誘う
『堺テクネルーム』を巣立った二人の音楽家は、コンサートのみならず、異なるジャンルの音楽との競演、映画への楽曲の提供など、世界に羽ばたく活躍をみせています。
凱旋した兄弟は、にこやかに現れました。その足下は、なんともラフな......。
「スリッパ履きで、ぎりぎりやれる演奏をここでは目指してます」
と言うピアノの響さん。その一方で、
「世界中のどこよりも、緊張します」
足が震えると、冗談めかしていますが、案外本気の言葉なのかもしれません。演奏者同士よりも、最前列の観客との方が近い、他にあり得ないこの距離感。そして、3才、5才の頃からこのホールで弾き続けたという深い思い入れ。特別すぎるほどに特別なホールなのですから。

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▲ご覧下さい。手を伸ばせばステージに届いてしまう、この近さ。 ▲ホールでは沢山のひな飾りが迎えてくれました。こちらは、アップライトのピアノに飾られていたおひな様。

鍵盤のはじける高い音。
オープニングは、100才のベーゼンドルファーで、そんな激しい音が!? と驚くほど情熱的な演奏。
『チャールダッシュ』(ハンガリー音楽)、『ダニーボーイ』(アイルランド民謡)......。ピアノとクラリネットの競演が始まりました。
改めて『堺テクネルーム』から与えられる音の近さに驚きます。
クラリネット・渡さんの息づかい、響さんの指に呼応するピアノの余韻。細やかな震えまで、すぐ目の前で展開されていくのです。

聴衆が音の世界に浸り始めれば、響さんのオリジナル曲が始まり、更に音の深奥へと引き込まれていきます。

たとえば、こんなイメージの中へ......。

深い渓谷。
古い森。
木々に埋もれた 先史の民族が築いた遺跡。
静まった音の無い音の中 逍遙する私たち。
翡翠の葉先から朝露の滴がこぼれ 遺跡の白石を濡れ落ちる。
小径は森の奥へと誘い いつしか
さらさらとした せせらぎの 水音。

どこまでも続く「彷徨」のイメージを私たちに与えてくれたのは、俳優・緒形 拳さんの遺作となった映画『長い散歩』の一曲でした。
聴衆の中には、「堺の海を渡る風を感じた」という方もおられたとか。おそらく、この日のコンサートに来られた人びとは、それぞれに強いインスピレーションを受け取り、紡いだのではないでしょうか。

素晴らしい演奏と『堺テクネルーム』の特別な環境が、音楽の魔法をかけてくれたのです。
ですが、『堺テクネルーム』の特別な力は音の「近さ」だけではありませんでした。


■再生。あらたなつながり
「稲本家のお家芸」と、渡さんが笑みを含ませながら始まった演奏は、『クラリネット《を本当に》こわしちゃった』。
おなじみの『クラリネットこわしちゃった』を、クラリネットをどんどん分解しながら演奏するというもの。
渡さんがパーツを取っていくたびに、聴衆からは笑いと驚きのざわめきが広がります。
五つにわかれたクラリネット。最後は、リードだけになって、高らかなコケコッコー! のファンファーレ。
客席からは、ベーゼンドルファーにも負けない喝采です。

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▲クラリネット奏者。稲本 渡さん。クラリネットは、生まれて300年ほどの比較的新しい木管楽器。ピアノと違い古いものはあまり良くなく、10年ほどで買い換えるとか。

「十数年ぶり」にお家芸の伴奏をつとめた響さんは、クラリネット奏者の父・稲本 耕一さんとの想い出に触れます。
「子供の頃から、ずっとオヤジの伴奏で弾いてましたからね」
その演奏回数は、数え切れないほど。
「最後のコケコッコーの前に、『さぁいくぞ!』なオヤジの横顔が嫌で嫌で」
過去の複雑な子供心を、笑いに包んでのぞかせます。
そして、父、耕一さんが病を得たことも。

喉頭癌を患った耕一さんの病が昨年再発。クラリネット奏者の命である声帯をとり、クラリネットを吹くことが出来なくなりました。
昨年の東北大震災の衝撃もあり、「言葉で語りつくせないものを大切にしよう」と、芸術家として、人間として価値観が大きく変わった響さん。家族のあり方も大きく変わったとか。
ツアーで忙しく世界を飛び回る響さんですが、帰阪の際には必ず家族と会うようになりました。
そして、
「父も作曲を手がけるようになりました。クラリネットは吹けなくなったけど、曲は作れますから」
耕一さんは、新しい作品が出来るたびに、メールで曲を送ってくるとか。
「男同士ですから、面と向かって話すのは照れくさかったんですが、病気をきっかけに音楽について深く話せるようになったんです」
耕一さんがクラリネットのために作曲した『エスペランサ(希望)』、昨年評判となった映画『星守る犬』のテーマ曲、そして自然の吐息が胸に迫る『ナチュラルブレッシング』などの圧巻の演奏を終え、二人の兄弟はがっしりと握手を交わしたのでした。

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▲ベーゼンドルファーの弦。年数を重ね、切れた際には針金を寄り合わせるように修復します。


■母港。魂の、変わらないありか
演奏が終わり、音楽家が去った後。
聴衆たちは、余韻にひたりながら、ホールに飾られた数々のひな飾りと、ベーゼンドルファーへ近づきます。演奏されたばかりの貴重な楽器に肌で触れられる。この親しみやすさも『堺テクネルーム』ならでは。

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▲おもわずそっと触れてみたくなる鍵盤。 ▲進行をつとめた暁子さん。ユーモアを交えた司会で、ホールは暖かな雰囲気に。
ホールでは、稲本家の母・暁子さんが、お客様と談笑しています。柔らかな笑顔は、『堺テクネルーム』の変わることないシンボルのようです。

兄弟が世界へ羽ばたき、耕一さんが作曲家になり、ベーゼンドルファーが他所へ『お嫁入り』することになりました。こうして『堺テクネルーム』はゆるやかに変化しながらも、根底は変わることなく本物の音楽や伝統が生み出されていきます。
......ここに帰ってくれば、変わることのない大切な何かに出会うことが出来る。故郷、母港に帰ってきた時、人びとが癒されるのは、その安心が故でしょう。
であれば、文化を大切にしてきた堺人の精神がよりどころとすべき、魂の母港だといえます。
変わらなくあり続けること、それも『堺テクネルーム』の特別な力なのです。
こんな空間があることは、この街にとってとても幸せなことではないでしょうか。

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▲ホールの背後は、堺の町屋らしく奥が深くなっています。味わい深い古い調度も見所のひとつです。 ▲立派なおひな様も。繊細で豪奢な衣装を眺めるだけで時を忘れます。

この日、音楽の柔らかな刺激が、聴衆の魂を揺さぶりました。イメージを喚起された人、懐かしい記憶を思いだし涙した人......。『堺テクネルーム』は、えもいえぬ再生と癒しの場です。
満足の空気をまといながらも、三々五々人びとはホールを去っていきます。
門をくぐり、通りへと。
錦之町、柳之町、九間町......。
母港を背に、日常の町並みへと、また船出するように。

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大阪府堺市堺区錦之町東2-1-11

連絡先
TEL:072-221-2731
FAX:072-221-2785
E-mail : info@inamotofamily.com

「2012年堺七まち町家ひな飾りめぐり」詳細

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