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堺意外史

Vol.36 徳川家康の墓が南宗寺に?

 南宗寺は、現在、旧環濠内寺院で最大の境内をもつ。禅宗寺院の静けさと枯山水の庭、さらに千利休ゆかりの茶室・実相庵が復元されており、利休忌にちなんだ茶会が催されるなど市内で著名な寺院の一つである。

 中世戦国動乱の真っ最中、下克上の申し子といわれた三好長慶が大林宗套を開山に大伽藍を宿院付近に創建したもの。しかし、元和元年(1615)の大坂夏の陣で焼失。堺の町が徳川幕府によって復興始めた頃、沢庵和尚によって現在地に再建された。このときのスポンサーたちがよくわからないが、堺の豪商たちであったと思われる。

 元和9年(1632)二代将軍・秀忠、三代・家光が相次いで来院、境内の坐雲亭にのぼって、堺の風光を賞したといわれる。これは、堺の復興視察の来訪とみられるが、実に奇異な伝説がある。家康が夏の陣の時、地雷火で負傷、輿に乗ってのがれたが、後藤又兵衛の槍に突かれて絶命、侍臣が密かに寺に運び、堺の豪商が葬り、無名塔を置いた。幕府は一年間その死去を伏せた後、日光東照宮に葬ったという。相次ぐ将軍の参詣はこのためであると伝えられ、現在も新しい墓石が建てられており、話題を呼ぶ。

(阪堺線御陵前電停東へすぐ)

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堺「意外史」探訪